薬物依存と病棟内・集中内観療法
―とくに適応と有効性を高めるための導入などの工夫―


札幌太田病院  太田耕平


第3回ニコチン・薬物依存研究フォーラム学術年会(東京、2000)にて発表

シンポジウム「薬物依存の施設内治療の現状と展望
-医療的対応の限界とその打開策を考える-」


日本神経精神薬理学雑誌(Jpn.J.Neuropsychopharmacol.)20:249-252(2000)

1.はじめに
2.病棟内・集中内観療法の必要性
3.内観療法との出会い
4.青年期薬物依存症の背景にある心的外傷とその経過
5.青年期薬物依存症の背景(または前駆)と随伴する症状
6.症例
7.心的外傷の治療と回復の段階
8.病棟内・集中内観療法の構造の明確化と治療計画の必要性
9.今後の展望と課題

1.はじめに―薬物依存症者の多軸診断とその解決:

 近年の社会的変化は薬物依存、とくに覚醒剤乱用とその精神病が一般市民へ拡大しつつあり、予防と効果的治療、再発防止さらに社会復帰対策が早急に求められている。薬物依存症者は親子関係や養育、学習環境に心的外傷などをはじめ解決すべき多数の問題を有することが多い。すなわち、薬物依存状態、精神症状、興奮を伴う離脱症状、肝炎など内科的治療、性格や人格改善、家族関係の回復、薬害教育、薬物から離脱する決意形成、回復者の会への参加奨励、外来やデイケア(回復者の会も含む)による支援、行政の福祉課・保健センターさらに警察との連携・協力などである。
 一方、医療者側が、これら多方面にわたる診断と治療・教育・援助に関わる問題を効率的かつ短期間で解決に導くためには、1)職員個々の成長とレベルアップ 2)多軸診断に基づく治療看護計画の成長 3)熟練した医療・福祉チームが意欲的に活躍する 4)退院後の支援システムの充実、など多方面での成長と自己点検が求められる。初診時のインテイクから回復者を同席させ説明と安心感を与えることも大切である。


2.病棟内・集中内観療法の必要性:

 
 一方、医療面からは、専門病棟ないし専門治療チームを有し、ケアプランと社会復帰(再発防止をも含めて)システムが稼働していることが望ましい。我々の経験からは薬物依存症者には、アルコール症治療に熟練した医療チームによる病棟内・集中内観療法が病識形成や人格改善、さらに薬物からの離脱に有効であった。アルコールや薬物依存症には触法問題が伴いやすいが、波多野(1998)は弁護士の立場から内観法の有効性を主張している。さらに予防的観点からも内観的家庭教育・学校教育・社会教育に有用性が高いと考えられる。
 薬物依存症者は多様な症状・問題点を有し、さらに離脱症状などの突発的で危険な合併症を発現しやすいので、薬物依存症者への集中内観療法はその導入から多数の内観経験のある職員により温かく柔軟に適応される必要がある。さらに突発的事態に迅速に対応出来るためにも病棟内での医療・看護業務として行うべきである(太田、1996)。これらの目的のために医療現場の全職員の連携協力を必要とし、導入から退院・アフターケアーに至る治療・看護計画・ケアプランの中で進められ、かつその中心的構造として病棟内・内観療法が機能するならばその効果は高いと考えている。
 

3.内観療法との出会い:
 
 内観療法は奈良少年刑務所の篤志面接員であった吉本伊信により開発された人格修行法であったが(奥村、1972〉、その後種々の神経症や心身症にも有効であることが明らかとなってきた。当院では、問題行動の多いアルコール症者一例に対し、著者が保護室内にて1974年初めて集中内療法を文献(奥村ら、1972)通りに行っ
たところ劇的な著効を得た。
 その感激と経験を膨らませて十段階精神療法(太田ら、1977)にまとめ、その、第4段階に内観療法を組み入れた。集中内観療法(7日間)はアルコール症者や種々の問題行動を持つ人々の過去の心的外傷、否認、病識欠如,酒害否認、人格障害などに短日数で広範な効果をあげ得るが、導入・内科的治療・家族調整・退院準備などを含めると、1〜3ヵ月前後の治療計画(当院では十段階療法)のなかに入れている(太田ら、1977)。
 その後、アルコール症の家庭から発生しやすいシンナー乱用青年や不登校・家庭内暴力さらに食行動障害などにも、カウンセリングなどをとり入れ、場所や時間も柔軟に導入し対応する病棟内・内観療法は中断や拒否も少なく、有効性が高まるのである。これらは日本内観学会大会などにおいて複数の医療機関や内観研修所から公表されてきた。


4.青年期薬物依存症の背景にある心的外傷とその経過

 多数のアルコール症、シンナー乱用さらに覚醒剤などの薬物乱用者の病棟内・内観療法を通して次のような背景が明らかになる。

イ) 幼少時から親の死別や離婚などが多く、愛や経済的に恵まれず、
ロ) いじめや体罰など厳しい心的外傷体験が多い、
ハ) そのため、自己否定―他者否定的人格を形成し、
ニ) 家庭や学校で問題行動などで不適応となり、
ホ) 正しい依存対象である家族を誤解し、まじめな友人や恩師との出会いもなく、
へ) 一方、少子家庭の甘やかしから母子密着し共依存となり、家に閉じこもり、
ト) 学業、進学への努力目標を失い不登校や中途退学し、
チ) 孤独と目標喪失から抑うつ、不安となり洒や安定剤依存し始め、
リ) 不登校仲間や不良・非行文化と交わり触法薬物に汚染され、被害者となり、
   さらに精神依存一身体依存一生活破綻・犯罪に絶っていく。


5.青年期薬物依存症の背景(または前駆) と随伴する症状:

 実際に治療した入院23例について調べると次のようになる。

 第一群(初診13〜15歳)不登校群5人
  随伴症状:家庭内暴力4、学校内暴力2、暴走など非行2、不安・希死2、心身症3
  背景:親の離婚2、転校2、成凍優秀といじめられ1、性的被害1
 第二群(初診15〜17歳)シンナー乱用群3人
  随伴症状:非行2、家庭内暴力2、拒食症1、自傷行為1
  背景:父の自殺1,父母の深夜まで稼働1
 第三群(初診17〜21歳)睡眠剤など薬物乱用依存8人
  随伴症状:暴力4、拒食症2,覚醒剤乱用1、卑傷l
  背景:不登校と中退4、親の離婚1、中卒のみ3、転校2、いじめられ3、内縁不和2
 第四群く初診22〜27歳 〉 不安・自傷自殺行為4人、酒・薬物依存・暴力3人
  随伴症状:抑うつ4、心身症3、重複受診2、覚醒剤1、
  背景:親の離婚5、父の酒乱2、転校3、中卒2、高校中退3、シンナー歴、覚醒剤1
      早期結婚と離婚2

 これらを検討すると、背景は共通し、加齢に伴い症状や問題は複雑化し重症化が進む(太田ら、1999)。これらは、薬物依存の予防には幼児期からの安定した生育環境の必要性を示唆している。さらに、背景に伴う心的外傷への早期治療がのぞまれる。


6.症例:5ヵ月間で多剤依存を形成した外傷後ストレス障害の10代後半女性

 吐き気、めまいなどで5ヵ月間に14医療機関を主に夜間受珍しジアゼパム注射を渇望し、注射中に幻聴を来した。内観療法により、『姉ばかり可愛がられる』と寂しい気持ちの3歳時に姉と喧嘩し、果物ナイフで腕を切られた創痕が今も残り、以来「いつか姉に殺されるのではないか」という不安があった。小学高学年時に姉の起こしたトラブルから、その男友達から性的被害を受け、いつか姉を殺したいと恨むようになった。
 これらのことは、心に秘めていた。ある日,偶然にその男性と出会ったのを契機に吐き気、めまいが頻発し某医院を受珍し安定剤の注射と処方をうけた。それ以降、昼夜を問わず医療機関、救急当番医を頻繁に、時にはパニック状態で救急車で搬入され、多くの医療機関ではジアゼパムを中心とする注射(時に点滴〉と薬物処方を受け、時には2〜3日の入院となった。
 そのうちに、医療機関の処方薬を多量服用し半昏睡で救急搬送されたり、リストカット、希死念慮、振戦、胸内苦悶などが増強し、精神科病院の受珍を繰り返していた。ある日、安定剤の点滴中に幻聴が出現し、父と本人が薬物から離脱の必要性を痛感して来院した。
 当院に入院し薬物離脱後、7日間の集中内観中に上記の数多くの心的外傷体験と、その後の葛藤(PTSD〉が明らかとなり、かつ癒されて、明るさと自信を回復し、薬害をも自覚された。父母を交えた家族内観療法により家族間の葛藤の軽減と感情的共感の回復が図られた。集中内観後にその印象を問うと、「ここに来て良かった。前のように点滴と薬を受けていたら、同じことを繰り返したと思う。迷惑をかけていたことに気付いた。親に邪魔されている気持ちがなくなった」と語った。内観療法終了後には十段階療法を行い、精神状態、性格、行動面に著しい改善を、さらに病識と生活目標を得て、30日余りの間入院して退院となった。なお当院では薬物を一切用いていない(太田ら、1999)。


7.心的外傷の治療と回復の段階一内観療法以外の心的外傷の回想

第1段階 第2段階 第3段階
1889年 ジャネ 安定化 外傷記憶の探索 人格の再統合
1985年 スカーフイルッド 信頼、教育 外傷の再体験 外傷の再統合
1986年 ブラウンとフロム 安定化 記憶の統合 自己の発見
1989年 パトナム 安定化 外傷の代謝 解消と統合
1992年 ハーマン 安全 回復と服喪追悼 再結合


 ジュディス・L・ハーマン(1992)は心的外傷の治療と回復の段階を、過去の文献を要約したが、それを簡略化すると上記のようになる。
 内観は、幼児期から今日までの親しい人々との交流体験を系統的、かつ最も整った集中的方法による記憶回想法の一つであり、上記の5方法と共通する点もあると考えられる。回想の仕方は年代順に、母、父、周囲の人々などに対する自分を、イ)してもらったこと、ロ)してお返ししたこと、ハ)心配や迷惑をかけたこと、の内観三問に従って過去の自分を調べる。ゆえに、内観は外傷記憶の探索、再体験、代謝、さらに記憶や人格の再統合、自己の発見に比較的短時間で効果をあげうるのであろう。
 なお、高橋(2000)の行動内観では、第4問として ニ)調べて気づいたこと、第5問として ホ)これからしようと思ったこと を加えた。この追加された2問が有効であった症例もあり、当院でも採用しつつある。


8.病棟内・集中内観療法の構造の明確化と治療計画の必要性

 薬物依存症では入院により薬物の離脱を要することが多い。治療計画は、心身が安定するまでの第一期治療、カウンセリングや内観療法・集団療法・作業療法などの第二期、薬害教育や退院準備をする第三期治療となる。さらに退院後のデイケア(当院の第二デイケアはメンバーの半数がアルコール・薬物依存症体験者である)参加や外来通院、断酒会参加(当院内で2つの地域断酒会が開かれ薬害者も受け入れてくれる)が勧められる。家族もその心的外傷を癒し成長してもらうために内観(研修所または当院で)を受けることと家族会参加が勧められ、受療者の自立を支援できる家族になるよう期待される。
 集中内観療法への導入は、本人と家族の了解を得つつ厳重に行われる。ビデオやテキストを用いて説明し、日記内観、分散内観から始めることも多い。正式集中内観こ移行できる症例では一日12〜13時間に及ぶ内観時間内に7〜8回の面接が行われる。面接は礼節を重んじて受療者中心に進められる。内観回想を進めるためには、支持や受容、時にはカウンセリング的対応も必要である。症例の男女別、年齢差、性格傾向、病態、家族背景などにふさわしい面接者(男女、年齢、看護婦(士)、心理士、断酒会会長、医師)を、その時のテーマに合わせて選んでいく必要がある。これらの治療・看護手続きは「内観マニュアル」として小冊子にまとめられている。多数の職員が集中内観体験を済ませていることが当然のことながら効果的面接のために必要である。
 本療法が奏効すると、気づき⇒反省⇒懺悔(ざんげ〉⇒感謝⇒報恩 の認知・記憶・思考など魂の大転換が流涙などの情動を伴って生ずることが少なくない。この場に立ち会う私たち治療者をも感動させてくれるのである。この効果を持続していくためには外来通院、デイケア、ヴォランティア活動、断酒会(薬物依存者をも入会可能〉、内観日記などにより支援を試みている。


9.今後の展開と課題・・・・・・・子供の健全育成と予防と啓蒙、早期発見、早期治療

 薬物依存症者の治療に携わっていると、幼少児期からの母子、父子、父母関係はじめ心的外傷体験や喪失体験が未解決であることが少なくない。性格形成や判断力形成に悪影響をあたえる恐れのあるこれらを未然に防ぐこと、もし発生したなら早期にカウンセリングなど治療的な対応をすべきであろう。子供の健全な成長のために円満な家庭環境を形成するために、父母への支援を要するであろう。
 1〜3歳ごろからの幼児家庭教育として、遊んでいるお人形や玩具に対して、内観3問、すなわち、イ)してもらったこと ロ)して返したこと ハ)心配・迷惑をかけたこと、の反省と気づきを求めていくことを父母に求めていきたい。
 覚醒剤乱用はシンナー乱用や不登校・非行・家庭内暴力などに続発・併発しやすい事実があり、これらの早期発見、早期治療が大切なことと考えられる。そのためには、家庭、学校、PTA、職場、地域社会、医療機関、行政などあらゆる個人や団体が連携し協力するシステム作りが重要と思われる。覚醒剤精神病はその悲惨さからも法整備による入院または通院治療の義務化をも含めた対応が必要と思われる。
 さらに有効な治療実績を上げている医療機関や支援団体に対する公正な評価と支援が緊急に求められる。この過程において内観療法の有用性が証明されていくと考えられる。一方、集中内観療法に対しても、各々の病態や疾患に簡易かつ有効に適応の幅を広げる実践と研究が待たれる。


 ※プライバシー保護などの観点より、原文より一部変更を行っています。


 【参考文献】

 1)ジュディス Lハーマン(1992)【訳:中井久夫(1999〉】心的外傷と回復 みすず書房、
   東京 「Judith L.Herman(1990) TRAUMA AND RECOVERY」
 2)波多野二三彦(1998) 内観法はなぜ効くか−自己洞察の科学−1版.信山社出版.
   東京
 3)太田耕平(1996) 薬物依存の個人精神療法−内観療法の体験を適して−.
   薬物依存ハンドブック.金剛出版,東京.pp99−131.
 4)太田耕平(1998) −幼児期から高齢者までの心の発達−十段階心理療法 8版.
   三誠社、札幌
 5)太田耕平ら(1977) アルコール症者に対する10段階からなる教育的精神療法.
   アルコール研究12,163−164.
 6)太田耕平ら (1998)14医療施設を重複受診し薬物依存を併発した心身症の一例.
   日本心身医学会北海道支部第23回例会
 7)太田耕平ら(1999) 思春期不適応の年齢による症状差とその背景.心身医学.39、
   139.
 8)奥村二吉ら(1972) 内観療法、医学書院、東京   
 9)高橋正(2000) 現代に対応して内観3問を内観5問に改めた論理と行動内観研修法の
   骨格、第23回日本内観学会大会論文集、67−68