内観療法の奏効機序



札幌太田病院  太田耕平

第14回日本内観学会大会論文集:23-31,1991


 
1.はじめに

 内観療法はその有効性の高さと適応の幅の広さから、種々の分野において確実に普及かつ応用されつつある。しかしその奏効の機序についての研究は始まったばかりである。
 心理療法の治療効果を高め、その良否や妥当性を客観的に判定するためには、次のような検討を要するであろう。
 
(イ) 対象となる被治療者の問題点の客観的及び主観的把握
(ロ) 治療技法とその人格理論の明確化
(ハ) 効果の方向と程度、その持続と予後の調査
(ニ) 治療者の経験、技術、人間性、熱心さ
(ホ) さらにこれらを取り囲む家族的、社会的、経済的、時間的、治療的環境など複雑な要因
(ヘ) 治療法自体が他の心理療法などとの比較検討における妥当性が認められ、学問的、さらに社会的な承認

 伝統的な日本文化から生まれた内観療法が、治療効果の一層の向上と普及のためには、よって立つ人格理論や治癒機転の理論化と技法の改善工夫(変法を含めて)は両輪のように必要であろう。ここでは従来からある種々の心理療法的立場からみた内観の奏効機序を検討し、著者自身の内観経験及び内観治療経験、さらに大学院時代からの脳研究視点からも、治癒機転と神経機能を論じたい。


2.集中内観の治療場面と感覚遮断

イ.集中内観と部分的感覚遮断:
 吉本伊信が内観開悟した場所は、「うすぼんやりと差し込む日の光で昼と夜の区別がつくぐらい」の暗く狭い洞穴であり1)、これは感覚遮断の状態と言える。
 感覚遮断は感覚や知覚の世界を変える働きがあり、ゆえに、思考、表象、観念や感情の世界にも影響を与えることが知られている。さらに被暗示性を高め、退行を促す面があることが古くから知られている2)。身体面では、睡眠、夢、食欲、身体症状の変化を認め脳波を徐波化する。さらに広義の精神障害に対する感覚遮断の治療効果も古くから検討された。遮断の程度やその時間によってその効果に差があり、一般的に悪化する者より改善を認める者が多く、抑うつ状態に最も改善を認める傾向にあるという3)
 感覚遮断の治療的意義については、感覚遮断により退行的となり、抑圧されていた欲求不満が攻撃性となって発現し、一時的自我の解体を生じるが、その後に再構成され社会化の傾向に向かうとした4)。感覚遮断によって悪化する報告もあり、治療効果を高めるための感覚遮断のあり方や理論化が必要であろう。
 集中内観の法座は部分的感覚遮断状態にあり、変化を脳や心理面に与えると考えられる。集中内観の感覚遮断中に幻覚やパニック、さらに悪化例がごく少数しか報告されていない理由として、

(イ) 感覚遮断が部分的であること
(ロ) 1〜2時間ごとの訪問対話があること
(ハ) 意識が内観三問に集中すること
(ニ) 面接者の礼節と受容的態度が安心感を与えること

などがあげられよう。今後は集中内観に好ましい感覚遮断の程度やあり方が検討されるべきであろう。すなわち、

(イ) 法座の明るさ(何ルックス)
(ロ) 広さ
(ハ) 音楽やテープの内容と時間
(ニ) 面接の間隔と持続時間
(ホ) 法座の温度
(ヘ) これらと内観者の年齢、性格、人格レベルなどとの関係、

などである。


ロ.感覚遮断と脳機能

 近年はCTスキャン、MRI、さらにポジトロンCTなどの著しい進歩があり、生体の脳の構造と機能の関係は、従来とは比較にならぬ程に明らかとなった。ポジトロンCTにより感覚遮断状態の人脳を調べると、視覚か聴覚の一方だけを遮断した場合には変化は乏しい。両方を遮断した場合には脳全体の脳代謝は低下するが、頭頂葉、後頭葉の低下が最も強いので、相対的に前頭葉の糖代謝が高くなるという。また、過去を回想しているときには両側頭葉に糖代謝が高いという報告もある5)
 脳を一つの情報処理のコンピューターと考えた場合、精神機能は情報処理機能と考えられる。すなわち、目、耳などの感覚器を通して情報をインプットし、視、聴覚バッファで一時貯蔵される。このバッファ機能で長期記憶と再照合や精査が可能となる。入力された情報は、さらに選択機構により符号化され分析装置にかけられ、この時、長期記憶との再照合、精査を受ける。これらは制御部からの管理を受け、注意機能の作動と持続を要すると考えられる(図1)。
 

 内観場面では、感覚遮断と同じく感覚器からのインプットはなくなり、運動、言語などのアウトプットも抑制される。そして指導者との面接時のみ会話するだけで、ほとんどの時間帯は感覚遮断状態で内観三問に集中することになる。このとき脳内の長期記憶と分析装置、さらに制御部の調整が行われると考えられる。この場面では、脳のうち記憶の中枢とされる側頭葉海馬回を中心に、大脳辺縁系と連合野が主に作動していると考えられる。


3.集中内観療法と大脳の記憶・情動機能

 内観は過去の記憶を回想することである。そのためには側頭葉海馬回の再活性が必要であろう。内観療法は暗く、狭く、静かな空間で、目も口も体も動かさず7日間続けて回想に集中する。大脳皮質のうち、一次の視覚中枢、聴覚中枢、運動領野、さらに交感神経系は広範に抑制され、過去の記憶の回想が容易な状況になる。これは自律訓練的かつ自己催眠的状況であり、子供のころの内観では退行的にもなり、これが深まると一層内観が容易となる。
 内観療法開始2、3日後にはこの傾向が深まり、記憶の座である側頭葉海馬回や大脳辺縁系が賦活され、記憶回想と情動出現が容易になり内観が深化する。過去の未解決であった不満、不安、恐れ、さらに罪の意識や愛情飢餓感などが、親などの大きな気付きで癒される。このとき、情動体験となって表出され側頭葉の記憶の座がPapezのサイクルを介し、視床、視床下部、辺縁系、前頭葉や全脳と調和がとれた新しい神経回路として作動開始されることになる。すなわち古い陰性感情や抑圧されていた記憶が開放され、過去の記憶-感情のコンプレックスを内蔵し、アンバランスであった脳の機能に調和的な変化を生ずると考えられる6)
 記憶とは学習された過去の体験を蓄えたり回想する能力である。学習とは個人の行動が練習や経験によって修正されていく過程であり、これは神経機能の可能性を示唆している。個人の経験は短時間記銘され、もし強化されなければ数秒のうちに消失する。身体レベルでは、これに関係した神経細胞に一過性の電気化学的影響が生じる。されに長時間持続する記憶においては、ニューロン内でリポ核酸と蛋白質の再分布が生じると考えれる。
 内観中に著しい情動体験を伴う場面では、他の永続的な記憶と同様に側頭葉、海馬、脳弓及び乳頭体を通るニューロン連鎖の活性化が必要と考えれる。このような情動体験を伴う経験は、広範な脳の部位を活動させ、永続的な学習効果、すなわち内観効果を残す。情動体験は大脳辺縁系がその責任部位であリ、記憶の座と一致する。ゆえに内観は〔反省→ざんげ→感謝→報恩〕を学習する脳内の電気的配線の組み直しと言えよう(表1)。


 記憶と情動の表現の制御は大脳辺縁系の一機能であり、その制御は体性運動系、自律系、内分泌系に及び、視床下部と上位脳幹を介して行われる。情動は生物学的見地からすると信号の性質を持ち自律神経系、内分泌系、行動を通して個体の立場をその仲間に伝達する。ゆえに内観療法は内観者の表情、情動、思考、行動に好ましい変化を生じ、人への態度も協調的となり、これらは家族や仲間に容易に知られ、これに対応する相補的行動を家族や仲間に起こさせる。これらの変化が内観者自身にもされに良い影響を与えていく。


4.内観療法の条件反射的、系統的脱感作療法的、認知療法的側面

イ.条件反射学的なとらえかた
 
感情という機能は、経験を学習することによって条件づけられるものである。内臓器官に条件反射を形成し、これが外制止、消去、分化、脱制止などの現象を呈することからも、大脳皮質の影響が内臓に及びことが知られている。また、両立価や有害刺激を伴う条件づけにより、犬や猿に消化性潰瘍や高血圧症を作り出すことに成功している。
 依存的で傷つきやすい幼児期の心は、母に代表される親しい人との人間関係のうち、悲しみ、怒り、不安などの情動を伴う体験は強く深く学習記憶し、条件付けられ、その後の自己認識や行動、他者との関係、されに神経症や心身症の基盤を形成する。これは条件反射学的には大脳皮質と皮質下での興奮過程と制止過程の衝突ないし過度緊張状態と説明される。内観療法はこれらの陰性の記憶や情動との条件付けを消去し、さらに病的な興奮と制止過程から解放するのである。そしてより真実なものと新たに条件付けられ、正常な条件反射が回復して心身が調整されると考えられる7)

ロ.系統的脱感作療法的な側面
 内観療法では、だれにでもある子供時代の母への心配・迷惑の回想(罪)から徐々に大人の責任の重い罪の自覚へと、また母から父、第三者へと告白しやすいものから徐々に抵抗の多いものへと段階的に進められ、系統的脱感作療法に似た面もみられる。
 内観療法では、一般に不安系列化すると、不安や刺激の最も少ない遠い過去の、しかも懐かしい母との関係から調べ始める。時間的にも、対象からも不安の少ない、しかも罪の意識をもたなくてもいい場面からの回想は、指導者の受容的かつ許容的態度によって徐々に深まっていく。そして感覚遮断などから生じる催眠的かつ軽度の退行状態は、大きい不安を伴いがちで抑圧していたコンプレックスについても比較的容易に意識化し、情動が発現し、洞察を促進する。
 このように内観療法の技法と経過には、過去を回想することへの不安を脱感作していく操作がたくみになされている。しかも[してもらったこと]、[して返したこと]の内観で自我を安心、強化させることにより、次の[迷惑をかけたこと]で自分の否定的かつ陰性的欠点の部分を自己表現することを容易にしている。いかに否定的で欠点の多い人間ですら[してもらったこと]の多さに感謝することができ、自分が十分に受容されてきたことを知り安心できるので、回想自体が楽しく、自信と愛を確認できる精神療法的意味が多い。内観の適応が広いのはこのためと考えれる。このように内観三問は礼節や合掌とともに、極めて深い意味と、価値を有していると考えれる。

ハ.オペラント療法的側面
 内観三問のうち[してもらったこと]、[して返したこと]は自尊心を高め、回想しても楽しくうれしいことであり、回想すること自体が報酬としての強化因子となりうる。またこれを拝聴してくれる面接者の受容的で熱心に傾聴する姿勢、さらにていねいな礼節・合掌に接することは、内観者にとって動機づけや自尊心を高め内観強化因子としての報酬になりうるのである。また内観が浅く不熱心な場合に指導者から注意もしくは厳しい警告を与えられることもありえる。これは罰的な意味をあろう。それゆえ指導者の年齢、性、態度などが内観の深まりに影響しうると考える。

ニ.認知療法的側面
 認知療法にはいろいろな種類があるが、それらのほとんどは、クライエントの抱いている非合理的な認知に対して、揺さぶりを仕掛けるものである。一般に認知再構成療法は、不適切な認知が原因であったり、そのような認知によって悪化した神経症的な症例の治療には極めて有効とされる。すなわち、クライエントがこれまで抱いてきた“習慣となっている思い込み”の誤りに気付き、それを是正することにより感情や行動が改善されるのである8)9)
 内観は、自分の過去の出来事を詳しく調べ、自己自身の認知を再構成し、さらに母、父などの認知を適正化する作用がある。内観中にしばしば、いつどんな場面でそのような誤った認知や誤解をするに至ったか自覚でき、それらの葛藤から解放されるようになる。そして他者への怒り、不満、うらみ、にくしみ、さらに自己卑下や自己中心などの不適切な自他への認知が、正しく、より積極的な認知に再構成される。内観三問による過去の自分の行動記憶の調査はセルフモニタリング法に似ている。日常内観は内観三問による自己強化法、自己管理法など、セルフコントロール法と言いえよう。このように認知療法の側面も十分にありうる。


5.内観療法と交流分析

 内観は過去の他者との交流の仕方を内観三問の角度から幼小児期より年代順に詳しく調べるものであり、母、父、兄弟、友人、先生と対象を深め、さらにうそと盗み、養育費などと過去の自分の生き方のほぼ全構造を知りうる。

イ.構造分析とエゴグラム
 当院では内観前後のエゴグラムの結果を比較検討し、本人にも説明している。内観三問のうち[して頂いたこと]は自己の中の子供の自我状態(C)や大人の自我状態(A)への気付きを促し、他者に対しては自分に向けられた養育的親(NP)のありがた味を実感する。[して返したこと]の調べは大人の自我状態(A)、順応した子供(AC)への自覚を深め、一方[迷惑かけたこと]は今まで気付かなかった自分の自由な子(FC)を洞察し自分の批判的親(CP)、養育的親(NP)、大人の自我状態(A)の力を増加すると考えれる。
 集中内観では今まで気付かなかった親などの自分に対する(CP)、(NP)や(A)に深く気付いて感動し、大きい安心感や感謝の気持ちをもつようになり、自己のFCやACが満足されて感動や情動体験を伴いやすい。治療例では破壊的な脚本をもっていた者が多く、内観により[ I am OK. You are OK]の構えがとられるようになり、これが大きい喜びとして体験される。

ロ.自己の交流の型の発見、気付き
 内観が深まるにつれ、昔から自分が行ってきた母、父、その他の人々の交流が、自己中心、わがまま、他者否定であったと気付き反省心が出てくる。すなわち、今までは相補的交流が少なく、交差的又は裏面的交流が多かったことへの気付きと反省になっていくのである。

ハ.ゲームへの気付き
 一般的に交流分析では、迫害者、救援者、犠牲者の三つの役割を順繰りに演じていることへの洞察を得るようにする。当院の内観症例では、迫害者と犠牲者の役を交互に演じてきた例が少なくない。内観によって、自分の与えた害、迷惑、うそなどから、これらの誤った自分のゲームに気付くことになり、ゲームから離れることができるようになる。

ニ.基本的構えと脚本分析と内観
 幼小児期の母や父に対して身につけた[ I am OK. You are not OK]、[ I am not OK. You are not OK]または[ I am not OK. You are OK]の構えが基礎となり、その後の人生脚本を作っていくことが、当院で内観を行った症例から教えられる。しばしば破壊的脚本を繰り返してきたクライエントが内観により[ I am OK. You are OK]の構えに転換し、建設的脚本へと進む心の変化は美しく感動的でさえある。


6.内観療法の特徴と有効性の吟味
 人間の心はその成長とともに年輪を重ねていくのである。この間、過去の経験は過ぎ去るのではなく蓄積されるものであり、次の新たな学習や成長の素地になると考えれる。
 現在の心を図式化してその断面を見ると図のような切り口になる(図2)。そして心理や性格の発達過程の今の断面は平面ではなく、過去に蓄積した多くの経験やコンプレックスが埋まり込み、複雑な凹凸が表面に顔を出す円錐形の立体構造とも考えうる。



 図示するように、例えば3歳のころに父との大きな葛藤があり、父に強い拒否感や陰性感情を持ったと仮定する。この拒否感は心の奥底に生きつづけ、その後の自己像や他者像の形成に影響を与え、さらに先生や友人との関係にも葛藤を残しやすい。年齢とともにその影響は弱まりはするが、その古い葛藤が性格に傾向を与え、さらに何らかの事件や自我の弱化した時点を契機として、神経症や心身症、病的反応を生じうる。
 一方、人間は人生経験とともに心理面、家庭面、社会面、知識教養面、心理面などで年輪を加えていく(図3)。人間は多面的存在でありこの5面に対して正しく意識と関心をもって生きることが必要であるが、これらは互いに密接な関係を持っている。自分の成長にかかわった人々への内観はおのからこれら5面への洞察や心構え、さらに自己意識を正していくことになる。


 内観療法の有効性の高さは、計画的に広範に自分の過去の心、対人関係などを振り返り、これらに根ざす葛藤を明確化し、そこに正しく洞察を与え、葛藤を解消してしまうことである。ゆえに、内観療法は性格形成や神経症、心身症などに対して、発症の時点までさかのぼって根治的に作用する原因療法と言いえよう。過去を詳しく掘り下げず、原因となった葛藤まで操作を加えない他の治療法は、ある意味では対症療法とも考えられるかもしれない。
 内観療法ではそれまでの誤った認知や自己像が形成された時点の事件に気付き、さらにその後の自分の行動のゆがみの原因結果を洞察できるのである。この時、長年の悩みやなぞが解けた解放感、他者が愛してくれていたことの気付き、などで喜びや感激を味わい、情動体験となり、流涙したり、さらに歓喜を味わったりするのである。
 この際の情動体験は、外部からの刺激によるものではない。あくまで内観三問に従って自分の過去を調べているときに、内部から生じる感動であり、大脳辺縁系とくに海弓、扁桃核視床下部などの広範な再調整が行われ、脳の深いところからの喜びであろう。内観で情動体験を伴った場合には、そうでない場合よりもその効果や持続が一般に強く長いと思われるのもそのためと考えられる。内観は自分の過去から現在までの記憶と情動の大掃除とも言えよう。
 過去を自由連想的に調べていく精神分析とは、有効の際には情動体験が多い点も内観と共通点が多い。しかし内観では対象とテーマを年代順に、内観三問の方向から精神史の全領域をきめ細かく調べるために、特別強い抑圧防衛がない限り、前述の系統的脱感作療法的効果もあり、主な葛藤は自己吟味のソ上に上ると思われる。ゆえに真剣に内観に取り組む能力や意欲ある症例では有効性が高いと考える。
 内観療法の心的過程とその間の脳内で生起している過程の研究は、発達心理、性格形成、記憶、情動、さらに神経症、心身症、精神病などの神経生理、精神生理学的研究の一方法として価値が大きいと考えられる。


7.内観療法と人格発達理論と十牛図

 幼児期の母子の基本的信頼関係が、その後の人間関係や人格発達に大きい影響を与えることは臨床的にもよく経験する。治療法として内観療法を選んだ症例はアルコール症、覚醒剤乱用、シンナー乱用、不登校など性格形成に問題のある症例がほとんどである。そのような症例の人格発達レベルがそこに停滞した原因と、内観療法が有効であった場合、人格発達のどこに、どのように作用したかに関心を抱いていた。
 エリクソンの8段階説(図4)の右側のネガティブな面の段階を上る者が内観治療の対象となりやすい。内観療法は、母や父や他者との基本的信頼を回復し、さらに自己の罪悪感などを正しく受容し詫びることで心が整理され、これらのネガティブな面が左方のポジティブな方へ急激に転換するものと考えられる。





 また、マズローの自我欲求5階層説(図5)に従って考按すると10)、当院にて内観療法を適応とするのは、第2、3、4のレベルの症例である。内観療法が成功すると、安心と感謝の気持ちが生じ、集団での適応も良好となり、各レベルでの向上を確認している。内観療法の効果の視点からみても、エリクソンやマズローの説の正しさがうかがわれる。さらに内観が人格発達レベルを向上させることが多数例の事実から明らかである。




 一方、12世紀後半に北宋の廓庵禅師によって作られた「牛十図」と呼ばれる禅のテキストが有名である。これは、牛を見失った牧人が、再び牛を見つけだし、牛を飼いならし牛との一体化を実現していくという十コマの一連の絵である。この中に、人間の本当のあり方、「真の自己」の自覚的現成を十の境位に分けて図示したものである11)
 この10枚の絵は簡潔ななかに心の成長を含蓄多く表現したもので、このような発達心理の考え方が800もの昔から東洋にあることは素晴らしいことであり、西洋のそれに全くひけをとらない。東洋の古くからの発達心理学である十牛図をよりよく知る目的で、独断と誤りを恐れつつ内観の心的過程との照合を試みると以下のようになる。


 集中内観療法を経験した際の著者の印象として、第6図は大安心、やすらぎの心境として感じとれる。第7図は感謝と喜びであり、第8図の円相は自己認知や他者認知の逆転と無我の発見の驚きと喜びを示していると思われる。集中内観ではこの大安心、感謝、自己認知の変化の際に感動し喜びや流涙することが少なくない。従来からの宗教的心理活動が、心身の安定をもたらす心理機序や精神生理学的機序が内観療法を通して明らかにしうる部分もあると考えられた。


8.神経症や心身症などと内観療法

 脳の各領域の切断実験や刺激実験の結果、中隔野、扁桃体、海馬、帯状回など、辺縁系と呼ばれる領域が、視床下部とともに情動の中心的部位であると考えられるに至った。
 Papezは、乳頭体→視床前後→帯状回→海馬傍回→海馬→脳弓→乳頭体という回路を情動回路と呼んだ。これらの辺縁系は自律機能に密接に関連しているので、マクリーンは内臓脳と呼んだ。すなわち、辺縁系は内臓器官からの感覚入力と、外界からの感覚入力とを統合するシステムとして働いている。そのうち海馬は、むしろ記憶や時間処理の認知への関与が最近の研究で注目されてきた。
 内観療法は過去の情動や記憶を再意識化し、未解決の葛藤を調節する作用があり、その脳内過程はこれらの部位の活動と考えられる。ゆえにここに高次中枢のある自律神経系、内分泌系に大きい調整作用が生じるのは当然である。
 自律神経系や内分泌系のアンバランスが発症に関与している疾患や神経症、心身症のなかには、著しい改善や治癒を来すものがあることは十分に納得できるのである。
 精神病群の内観療法についても若干ふれる。精神分裂病について森定12)の報告があり、採用を可能とするために6種類の方法を工夫し、102名中76名に改善を認めている。
 当院においても、向精神薬により幻覚妄想が消失していながら、乱暴、攻撃、わがまま、さらに親を恨んでいるなどの症例を選び、種々の変法を含んだ内観を試みている。他群に比較して、内省や明細化が浅く、中断例も多いが、かなり有効であるという印象である。特に親に対する恨みや親を否認しているような例では、しばしば妄想との境界が不明確であるが、内観によって親への感謝の念を抱き、これを契機として多方面に改善を認めることがある。この場合、妄想様の親否認は認知障害として理解すべきかもしれない。今後、慢性例をも含めて検討の対象としていきたい。
 以上述べてきたように内観は各種心理療法の技法や理論に矛盾することは極めて少なく、治癒過程も共通したものが多いと考えられる13)

 
9.まとめ

 吉本伊信が生涯をかけ、極めて多数例の内観指導経験から編み出された内観療法は、ほぼ完成された方法であろう。岡山大学の奥村ニ吉が『内観・・・。この偉大な事実はどうして起こるのか。私はこの事実からすべての事を考えてゆかねばならぬ・・・』と語っている1)。この偉大な内観過程がはからずも他の多くの心理療法の長所を多面的に採用しており、それらの理論と矛盾することは極めて少ない。それは、吉本伊信が長年にわたる多数例の経験から、有効なものをどんどん採用し不要のものを削っていき現在の吉本原法を完成したからでもある。
 このように内観は他の多くの心理療法と多くの共通点をもち、大脳生理学的にもその奏効機序は理解しやすい。今後、心理学的にも、精神医学的にも大脳生理学的にも、広い分野からの研究が進み、一層の改善と工夫がなされ、さらに多くの理解者や指導者が生まれ、広く啓蒙されていくことを切に祈りたい。21世紀はまさに内観を必要とする時代であろう。


【参考文献】
1. 吉本伊信:内観の道,内観研修所,昭和52年,奈良
2. 大熊輝雄:感覚遮断−その生理学的、心理学的、精神医学的側面, 精神医学4:687,1962
3. 堀 浩:心理遮断, 現代精神医学体系2.C, 1979
4. Azima.H: Effects of parietal isolation in mentally dislurbed individuals. Dis. Nerv. Syst.17:117(1956)
5. 松浦,中尾,小嶋:脳の機能とポジトロンCT, 秀潤社, 東京
6. 堀 哲郎:脳と情動, 共立出版, 東京, 1991
7. 太田耕平:心身相関と条件反射, 行動科学研究会誌創刊号, 札幌医大同研究会, 1968
8. マクマリン.R.E: 認知行動療法入門, 岩本他訳, 川島出版, 東京, 1990
9. 須賀良一,飯田 眞: うつ病治療における認知行動療法の意義,精神科治療学4(1):11−18, 1989
10. Goble.F.G: マズローの心理学, 小口忠彦訳, 産業能率大学出版部, 東京, 1972
11. 上田,柳田: 十牛図, 筑摩書房, 東京, 1982
12. 森定 締:精神分裂病群に対する内観療法, 第3回日本内観学会論文集:17−19,1980
13. 太田耕平:内観療法の奏効機序, 北海道医報 737:6−20, 1991(東京都医報44(2):80−84,1991)




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