症 例 提 示

17.PTSDと思われる症例への内観療法
− 保護室内観を含む2回の集中内観を行った例 −


札幌太田病院
阿部 一九夫 上野 ミユキ 太田 耕平


 
1.PTSD(心的外傷後ストレス障害)に対する精神療法について:

 PTSDの症状としては「苦痛の再体験」としての気分の落ち込み、いらだちやすい、おこりっぽくなる等があげられている。さらに、引き金になる刺を避けようとして、引きこもりがちな生活を送る。また、苦痛から逃れるため、アルコールなどの乱用に走りやすい。
このような状態はうつ病、人格障害、アルコール薬物依存症などの診断名がつけられていたり、時には分裂病と  同様の向精神薬による治療がなされていたりすることもある。しかし、薬物の効果は悪く、なかなか軽快しない。PTSDに対して精神療法が必要とされる理由である。


2.今回の症例提示の目的:

 内観療法はDSM-Wなどで定義された、PTSDの治療法という視点から語られることは少ない。しかし、心的外傷とみなされるものは幅が広く、それは病歴聴取の時点より明らかであることもあるが、内観面接などを通じてはじめて明らかになることをしばしば経験する。むしろ、病院内内観のような場面では内観面接者は患者の心的外傷と向き合うことが多く、必然的にPTSDの治療を担当しているといったほうが実情に即しているのではないだろうか。
 ところで、心的外傷の種類にもよるが、その程度が深かったり複雑であったりする場合は内観療法を導入するときに頑強な抵抗に出会うことが多いように思われる。
 医師や内観担当者の説明を聞いて、自分の症状を良くしたいという気持ちから熱心に集中内観に取り組む場合もあるが、自発的には内観導入が困難なことも少なくない。
今回はこの治療に対する抵抗という視点からPTSDと思われる一症例を取り上げ、症状と治療の過程をできるだけ詳細に述べたい。ただし、患者のプライバシー保護の観点から、改変した部分があることをお断りしておく。


3.症例紹介:

【症例】 30才台前半 女性 A子
【主症状】
 意欲低下、不眠、手首自傷、アルコール過飲、抗不安薬多量服薬、パニック発作。
【経過】
 約2年前から気分の落ち込み、意欲低下、朝起きることができない等の抑うつ気分が次第に増強してきた。心臓がドキドキして過呼吸となり目の前が暗くなる様な感じがする発作が時々起きる。他院にて抗不安薬を投与されていたが、最近では発作が起きた時には救急車で受診して抗不安薬の静注でやっとおさまることを3回程繰り返している。他院に2回の入院歴もある。
不眠もあり、ワイン、ビールなどを毎日飲まないと眠れない。当院来院の数日前には、左手首を刃物で傷つけている。
【生育歴】
 父、母とも健在。父母はA子が中学生の時離婚している。A子は約一年後母を訪ねたことがあるが、母は他の男性と同棲中であった。A子は多くを語らないが、ここで心的外傷となり得る暴力を受けたようだ。この頃より不登校となった。
【家庭環境】20台前半に結婚し、2男子を設けたが、夫が暴力的だとの理由で数年前に離婚している。離婚の頃より長男の不登校が始まっている。次男は気管支喘息に罹っている。


4.来院後の経過:

 初診時は父親の勧めにより一人で来院した。「心の中にある未解決の問題を解決して治療しましょう」と内観療法について説明したところ納得し、入院予約のうえ帰宅した。入院の日には父が付き添ってきた。多少、身体がふらついており興奮状態である。聞くと、前夜遅く、ある男性に電話をしたとき感情の行き違いから悲観的な気分となり、左手首を刃物で切ったとの事。さらに、飲酒し抗不安薬も多量に服用したとの事であった。


5.開放病棟から閉鎖病棟へ:

 はじめは予定通り内観を主体とした短期間の入院を行うべく解放病棟へ入院したが、病棟に入ってからすぐに、しきりに退院を希望した。自傷行為もあったことから、入院の形態について付き添ってきた父に相談すると、医療保護入院でも良いからなんとか自傷行為や、アルコール過飲、抗不安薬多量服薬などの状態を治療して欲しいとの希望であったので、医療保護入院として閉鎖病棟へ転棟することとなった。


6.保護室での内観開始


 その後、興奮状態、攻撃的言動が収まらないため、自傷予防を第一の目的として保護室を使用することにした。
そのころはアルコールおよび抗不安薬の最終使用から十数時間程たち、ちょうど離脱症状が出始める時間帯でもあった。ここで、抗不安薬を使い徐々に時間をかけて心身が安定してから内観療法へ導く方法も考えられる所であるが、我々は保護室にてすぐに内観を開始する選択枝をとった。
 保護室での内観は通常どおり母に対する自分のテーマから開始した、母に対しては陰性感情を持っていることは初診時の生育歴聴取のなかでわかっている事であったが、本人に「お母さんのテーマから始めてはつらくありませんか?」と聞いたところ、「いいえ、そのテーマに挑んでみたい」との事であったので、そのようにした。


7.アルコール・薬物離脱期の保護室内内観:

 保護室内内観は我々の施設で行われるときには症例の状態により「ゆったり内観」と称して、一日につき4〜5回の面接回数で開始することが多い。そして、状態の改善を待ってなるべく通常の集中内観の形式に持っていくようしている。今回もそのようにして、7日間で保護室内での内観は終了した。
保護室内とは行動の自由を奪われた苦しい環境であるはずだが、案外、完全に安全な状況でもあり、かえって心が安らぐためか、例えアルコール・薬物の離脱期にある症例でも内観に必要な記憶回想は可能であることが多い。この例では「今までは、母を恨み辛かったが、母はもっと辛かったろう」との気づきが保護室内内観終了段階で得らている。
 保護室内では抗不安薬は投与しておらず、少量の抗うつ薬と就寝時薬としてヒルナミン10mgのみを投予していたが、内観終了後は気持ちが落ち着いていたので一般室に移った。


8.再度の内観室での集中内観:

 一般室では集団療法に参加するなどしていたが、他の患者とのちょっとしたいさかいで易怒性が出現することもあった。主治医は保護室内内観のみではいわゆる浅い内観のまま入院生活が終了してしまうのを懸念し、再度の正式の内観室内での集中内観をA子にすすめた。残してきた子供のことが心配で早く退院したいという気持ちもあったのであろう、再度の集中内観を内観室の屏風内で行うこととした。これは入院後26日目から7日間行われた。この内観ではさらにいくつかの気づきがえられたとみられ、終了後A子にはずいぶんと明るい笑顔が見られるようになった。


9.退院後経過:

 結局、入院後56日目に退院したが、その後も抗不安薬は使っていない。眠れない時は少量の抗うつ剤か、ヒルナミンを内服することにしている。家事など、母の役割を果たす規則正しい生活が送れるようになってきた。パニック発作は今の所起きていない。退院後約3ヶ月の現在、元気に通院しており、アルコール・薬物依存の自助グループの会に出席して社会復帰への道を歩みだしている。


【参考文献】
1) 太田 耕平:薬物依存と病棟内・集中内観療法 日本神経精神薬理学雑誌 20:249-252 2000





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