7.摂食障害と内観


ECの会
若宮 裕子




 私が「みんなに好かれる良い子」になろうと必死に努力し、自分の中の色々な感情に蓋をする事に疲れ果てたのが17歳でした。そして、食べて吐くという行動がこの時始まりました。
 父は向上欲、出世欲、金欲が強く、人に対して支配的、権威的な人で、人を損得で選び、時には脅迫的な態度で「服従」を好む人でした。一方、母は世話好きで自分の事は、いつでも後回しにして、私の事になると首を突っ込み全て母が解決してくれる、人を見守る事の出来ない人でした。まるで母と私は一心同体のようでした。この両親が夫婦喧嘩をする時、発端は子供の育て方で、そのうち互いを罵り、最後は互いの祖父母の問題にまで発展し、私は陰からそんな光景を見るたびに、劣等感を持ち、不安、恐怖(怯え)、不信感、沈黙、そして自分の存在否定を身につけ、それが私のライフスタイルになっていました。年々緊張感は募る一方で、家庭内・社会生活の中で「私の居場所」はいつの間にかどこにもなくなっていました。何も信じられず、自分を認める事も出来ず八方塞がりになった時、食べ吐きという行為をしました。それが17歳の時でした。
 
 しかし、私の不安や不振といった根づいた感情の空回りはひどく、食べ吐きはより一層激しくなり、家族との関係は離れる一方でした。感情のコントロールも行動パターンもどうにもならなくなった時、そんな私を肯定し、無条件に認めてくれた先生と出会い、私の心は開き始めました。何とか生きてみたいという欲求を持ち始めた頃、内観法と出会い、今まで向き合わなかった「自分」を見つめました。この時「自分をゆっくり振り返る」事を学びました。そして他者を気にする余り自分を忘れて生きてきた事を気づかされ号泣しました。“私がない!”憎んだり恨んだりした私ですが、現実を見つめると、自分自身良い子ではなかった時もあったり、見捨てられてはいないという実感もありました。現実を見つめる作業は大変です。悲観的だったり劣等感や食べ吐きに逃げていた方が楽でした。しかし、内観のお陰で、逃げるという空しさが生きるという手応えに変わってきた事に気づかされました。そう思って今までの自分を見つめてみると他者をどれほど気にしていたか、自分の行動を他人まかせにしていたか、痛感しました。「気づく」ということは行動の始まりでもありました。

 私たち「親子」の立場が逆転しない限り、親を理解するとか、子供を理解する事は出来ない、理解できるのは自己なのだと日々感じられるようになり、親に対して自分の心を少しずつですが開くようになりました。とかく一人の世界に陥りやすいので、自助グループを発足させました。その中で「自分を話す」事で、人が必要と感じ、私の視点も変化し、生きる勇気をもらっています。親の顔色を意識しないで自分を見つめ自分の心を開く事が、家族・親子の問題の突破口となり、話し合いが出来るようにもなりました。これまで恐喝男と思っていた“人”を「父」と尊敬し、内観に出会うまで親子を止めなかった事に感謝し、愛したいという欲求も感じるようになりました。
 内観の“自分の心を見つめる”自己洞察で、振り返る、気づく、やってみるという事を学びました。突っ走って失敗する事も多々あります。その時はまた内観し、新たな一歩をまた踏み出しています。こうして生きていると、親から離れる事で自立への責任や勇気、友達の必要性や友達を作りたいという欲求もある事に気づかされます。そして私の居場所は、私の中にある事を教えていただいた事に感謝しています。
 
 現在は、摂食障害が私自身を発見するきっかけになり、内観を導いてくれたお陰で自己の発見につながったと信じています。これからは自分の中の「自己」を大切に成長させていこうと努力しています。





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