5.内観療法と音楽療法の相乗効果

―著効が認められた思春期症例を通して―

札幌太田病院
後久 清子


1.はじめに:

 内観療法は不登校や非行、抑うつ神経症、人格障害などの思春期症例にも有効な心理療法の一つである。一方、音楽療法もまた音楽の表現活動を通した心理療法であり、音楽が十分に生かされてこそ意味があると言えよう。
この2つを順次に行うことで、それぞれが持つ有用性が効果的に働き、治療上、より良好な結果を生み出すこともある。
今回、過去にヴァイオリン演奏が得意だった非行少年に対し、内観療法と音楽療法を中心に治療を行い、その相乗効果が認められた事例を紹介したい。


2.症例

 A、男性、10代半ば。家族構成は父、母、姉、弟の5人家族。主訴は不登校・家庭内暴力・シンナー・非行である。
 小学6年時、担任教師が変ってから粗暴となる。その後、父親の転勤で転校を余儀なくされ、その不満が父親への恨みとなり、中学入学後から家庭内や学校で暴力的になった。一方でAは陸上部で活躍し、推薦入学が決まった高校を足の怪我で自ら断った。中学卒業後は高校へ進学せず、暴走族や、非行仲間と付き合い、無断外泊するなどの不規則な生活を送っていた。父親はそのようなAを暴力で抑えようとしていた。
 一方、小学1年からヴァイオリンを習い、その音楽的才能を周囲から期待されていた。しかし暴力行為が出現した頃にやめている。


3.入院からの経過: 

 初診時、Aの目は鋭く反抗的で、自分の将来や人生目標に全く無関心であると語った。心理検査TEGはC優位型、YG検査はB′型で、思春期不適応の性格特性がみられ、内観療法を導入した。
 集中内観終了後のまとめのレポートでは、「親なしでは生きていけない、今まで多くの人たちにお世話になったのに自分は迷惑ばかりかけた」、「暴走族はやめる。自分の目標を実現することが最大の親孝行だと思う」などの気づきの言葉、さらに将来の目標として歯科医か車の整備士になりたいと述べた。さらに家族内観終了後のレポートには、「親に甘えたい」、「内観をして成長できたと思う」、「親の身体のあたたかさが懐かしかった」、「父は家族内観のとき、自分の手を強く握ってくれた。安心した」などが綴られていた。しかし、この時点では、親に対するAの反抗的な態度は改善されず、内観から多くの気づきは得られたものの、それを行動化するには至らなかった。
 内観療法後、音楽療法への参加を促す。Aは集団音楽療法のセッション体験後、ヴァイオリンの練習がしたいと希望した。筆者はAの意思を尊重し、またそれが治療上好ましい展開になることを期待し、集団音楽療法の場で演奏することを提案した。1週間の練習を経て本番にのぞみ、大勢の入院者と職員が見守る中、Aの演奏は見事であった。
 その日のレポートには「自分の演奏を聴き、涙を流していた人がいた。嬉しかった。心の中の余計なものがなくなりすっきりした」「これからもヴァイオリンの練習を続けていきたい」などと記述されていた。
 音楽療法後、Aの将来目標が歯科医か「ヴァイオリンを生かせる仕事」へと変る。退院後、Aは大検取得のためT学院の見学に行った。Aは自分の将来に向かって進み始めた。


4.考察: 

 Aは足の怪我で高校進学を断念し、将来の自己像を破棄せざるを得なくなった。それに代わるものが見つからず、その不安感や劣等感を暴力や暴走族に加入することで紛らわせていたのだろう。入院時、自分の将来について全く関心を示さなかったが、内観後には将来目標を設定するに至っている。内観療法を通して周囲の人に愛されていること、さらに自己理解できたことで、不安感が消え、適切な自己像を取り戻すに至ったと思われる。また自分と両親の関係を調べる過程で、強く想起されたのは、Aがその後の音楽療法の場面で大勢の人々を感動させたヴァイオリンであった。幼いころ父親の影響でヴァイオリンを習い始め、練習にはいつも母親が付き添っていたなど、親子3人の懐かしい思い出が詰っていたに違いない。両親との思い出のあたたかさ、演奏する快感や人を感動させる喜び、これらがヴァイオリンに凝縮されていたのであろう。従来の「自分は親にヴァイオリンを習わせられていた」という被害的認識が内観で変容したのである。その変容は、ヴァイオリンを演奏したい、という意欲を引き起こしたが、まだ親への冷淡な態度を改善させるには至らなかった。しかし、音楽療法によりこの態度は変容したと推測できる。ヴァイオリンの手触り、演奏する際の呼吸や繊細な指の動き、そこから流れ出る美しく、懐かしい旋律など、真にリアルな体験である。その体験が過去を実感的に想起させ、内観で得られた気づき、すなわち親から愛されているという認知をより深めたと思われる。
 音楽療法後、Aの両親への反抗的な態度は改善され、さらに将来の目標が「ヴァイオリンを生かせる職業」へと変更された。
 認知行動療法では、個人の信念や思考様式自体を治療の対象とすることが多いが、認知の変容をきっかけとして行動変容を狙うこともある。この症例は後者の実践、すなわち内観療法後の認知をベースにして音楽療法の表現活動がさらに認知の変容を促し、より確実なものにしたと言える。


【参考文献】
1) 芸術療法1理論編:監集徳田良仁、他4名、岩崎学術出版社発行 1998.
2) 後久清子:自閉性の強い慢性分裂病者への個人音楽療法への試み、第13回北海道私的病院学会 1997.
3) 後久清子:絶望から自立へと音楽とともに成長した陳旧分裂病の一例、臨床音楽療法協会第4回大会 1997




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