J.J.T.A.242:1251321999.交流分析研究,第24巻,第2号(通巻54号),125132,平成11

 

 

<特集>日本交流分析学会第24回大会 シンポジウム:交流分析と各種心理療法との連携

 

 

交流分析と内観療法

 

 

医療法人耕仁会・札幌太田病院

太 田 耕 平

 

 

T はじめに

 

交流分析と内観療法はいくつかの共通点がありそうである。@日本に紹介,啓蒙されはじめてから3545年の比較的新しい手法であること,A共に以前からある方法の新しい展開であること,B自己啓発教育,産業,医療と幅広い応用分野があること,C共に自分への深い気づきと人間修養,人間関係改善の方法として優れていること,などである。

この頃の経済産業構造の変化,情報化さらに高齢社会,少子社会と相まって社会心理的変動は著しいものがある。不登校,いじめ問題をはじめとして青年期の心は大きくゆれており,さらに今後10年,20年後の壮年期にも及ぶ影響を残すことが予測されるのである。

いじめられ体験から不登校状態に陥った学童や生徒は,その後に,引きこもり,家庭内暴力,抑うつ状態,さらに食行動異常,薬物依存,非行および反社会的行動など長期にわたる後遺症を残す症例を数多く経験する。

これらの事態の発生予防の観点からも,子育て,母子関係,父母などのあり方,さらに学校の運営などに内観療法的立場から提言していく必要があろう。

この心理的激変の時代に臨床心理や精神医療にたずさわる者にとって,責任は極めて重くまさに正念場ともいえよう。青少年の一症例一症例についての予後に責任をもちたいし,それらの発生予防や,家庭・社会適応を促すための責任ある発言と行動が求められている。

臨床心理や精神医学関連の各学派さらに学校教師がその専門性を発揮しながら,学派を超えた幅広い協力・連携することにより,学童,生徒,青少年の問題に具体的かつ実効のある予防・治療・解決策を建て行動していく必要があると思われる。また,家庭では父母への啓蒙が重要であろう。私たち臨床現場の専門職の個々のレベルアップと,広い職種との連携が求められていると思われる。交流分析をはじめ各学派の奏効機序とその段階を内観療法と比較し連携と協力関係が築ければ,クライエントや家族にとって福音となると思われる(表1)。

表題について論じるには,あまりにも未熟な筆者であるが,弊院での若干の経験を述べたい。

 

 

U アルコール症に対する交流分析

──学習療法の経験

 

1974(昭和49)年から1977(昭和52)年までに,約400名のアルコール症者(以下ア症者)の治療にかかわった。この間,生育歴,社会的背景,性格および知能検査結果,さらに予後などを調べ関連学会に発表し,さらに治癒率を上げるべく臨床に応用してきた。

これらの経験から,ア症者は幼少児期から家庭に問題を有し,そのため性格形成や社会人としての役割認識に歪みを来たし,さらに人生に対する積極的態度が未形成であることを痛感した。そこでこれらの諸点をも治療対象とする〔10段階からなる教育的精神療法〕を考案し第4段階に内観法を取り入れ,1976(昭和51)年から臨床的に試用し従来の約3倍(2030%)の断酒成功率を得た。

 

 

1. 交流分析採用の理由

十段階法を採用後も執拗に飲酒を繰り返し,その度に丁寧に詫びながらさらに飲酒を繰り返す症例も多く,これらは単に「依存」という言葉や「負の強化が認められない」というのでは理解が困難であった。しかしこれらの行為は交流分析でいう〔シュレミール〕や〔キックミー〕というゲームに極似し,またはゲームそのものであることに気づき,さらにア症者の多彩な問題行動を交流分析的に理解することができた。そこで〔10段階法〕の『自己客観視の段階』と『精神的健康の段階』を補足充実する目的で1976(昭和51)年11月から交流分析の学習法を取り入れ断酒率の向上と人格面の改善を目標とした。

 

2. 交流分析からみたアルコール症

@ 勝者・敗者への道では,全症例が敗者の道を歩んでいると考えられていた。

A 幼少児期のストロークではネガティブなストロークを受けた症例が極めて多い(ア症は親の欠損が多い)。なかには放置,虐待されてその後の性格形成や基本的心構えに大きい影響を与えていることがうかがわれた(「お前はお母さんの子でない」とか「お前なんか死んでしまえ」といった“魔女の呪い”といわれる不幸なメッセージを背負っている例もあった)。

B 基本的心構えではI am OK, You are OK,の構えは少なく,飲酒期間が長くなるに従い好ましくない構えとゲームを繰り返すようになる。

C 自我状態では,病識なく入院した症例ではAの除外すらみられ,一般的にAが低くCの肥大が特徴である。CPNPより弱い症例が多数を占め,CについてはFCおよびACの過剰型はPほど著しい差はなく,ACの過剰型がやや多いことも特徴と考えられた。

D 交流の形式では交叉的及び裏面的交流が多いが学習の進展に従い相補的交流へと移行した。

 

3. 方 法

学習期間は毎日2時間とし,このなかに自律訓練法を,補助的には瞑想や絶叫療法を,さらには登山などのレクレーションも取り入れた教材は池見,杉田著『交流分析と心身症』を用い,副読本としての両氏の『セルフコントロール』を採用し,約1ヵ月をかけて輪読および自己分析を語らせるようにした。

 

4. 結 果

学習が有益で為になったとする者が90%を超え,自我状態PACのアンバランスに気づき,学習後の自己評価に改善がみられた。具体的には「他人の話が聞けるようになった」,「妻子に対し意識してCから冗談を話せるようになった」,「他者にポジティブなストロークを与えることに努めるようになった」,「フィードバック的交流が容易となった」,「妻子への言葉に充分気をつけ父,夫としての役割を自覚するようになった」,などの意見にみられるように自己洞察と行動面の改善が臨床的にも認められた。

交流分析の応用はア症の行動様式をゲーム,好ましくない人生脚本,基本的心構えの誤り,としてとらえ,これを自覚させ具体的に改善する点で有効であった。このような交流分析的な観点から,@ア症が心身症としてとらえうること,A治療者にア症の発生する心理過程を理解させたこと,さらに,B以前から少数例に取り入れていた内観法と併用することで,ア症の治療が可能と思われた。

また,治療者自身の自己理解,治療的自我の自己分析にも治療者−受療者関係の分析,反省に有効であった。

 

 

V 交流分析と内観療法の連携

 

1982(昭和57)年頃からシンナー乱用青年の著しい急増があり,8248名,8350名,8472名,その後8544名,8628名の入院があり,それ以降はほぼ同数で経過している。

この急増したシンナー乱用青年に対し,短期簡で納得のいく有効的な治療法を探し求めた。彼達の構成は中学生約1割,中学卒業無職者が約3割,高校生が約1割,高校を中退した無職者が4割,高卒者および大学,短大中退者の合計が約1割という構成であった。

彼達は生育期環境が劣悪で,性格形成が未熟で自己中心,攻撃性が著しく,かつ入院治療に対し拒否的であった。さらに,学習レベルが低く,漢字も読めない者も多く,学校や教師への拒否感が強く,病院職員にも反抗的であった。

これらシンナー乱用青年にもアルコール症者と同様に,交流分析学習療法を試みたが,著者の経験不足もあり協力を得られることは稀であった。個人療法的に交流分析の教育や話合いも試みたが,字が読めないこと,抽象言語能力が乏しいこと,学習自体への拒否反応,さらに内省性の乏しいこと,などから協力を得られず効果をあげることはできなかった。

問題行動に対し向精神薬で傾眠状態にはしない当院の方針もあり,彼達は病棟内でも自己中心的に振るまい,保護室試用を余儀なくされた。そこで保護室内での時間を有効に使うべく,内観療法的な指示を与えたところ,予想以上の効果があった。

その経験をもとに,最終的には集中内観療法に導入していく治療計画をたてた。必要に応じて保護室を用いての集中内観療法は

@ 反省,自覚を得やすい静かなる環境を与えること

A 説明を要する難しい専門用語がないこと。

B 内観3問に対し,本人の能力に応じて自分を語ることで無理がかからないこと。

C 職員にも負担が少ないこと。

D 13週間の短時日で著効ないし有効であったこと。

などの理由で適応となった。

これらのシンナー乱用青年の治療経験から集中内観療法のもっている種々の長所に注目し,内観療法と導入方法に様々な工夫と変法を試行しながら,適応とする対象の拡大をはかり現在に至っている。

今日,集中内観療法の長所として以下があげられよう。

1) 基本的な治療構造が簡単であること。

2) 導入方法に多様な方法を工夫しうる。

3) 日常生活をしながら内観日記など記録内観の方法も集中観前後に有効である。

4) 治療効果が確実(有効性が高い)。

5) 治療期間および入院日数の短縮がはかれる。

6) 礼節や屏風による遮断を通して,自己確立を促し,治療者との共依存を生じにくい。

7) 専門用語など難解なところがない。

8) 治療対象も,病態,病状共に幅広いこと。

9) この12年の実践経験から,急性期の精神分裂病,アルコール離脱期(せん妄状態),老年期せん妄や痴呆などに対しても「ゆったり内観」は情緒を安定させること。その後,集中内観に移行しうること。

10) 最近の外傷後ストレス症候群(PTSD)など心的外傷後遺症の発見と治療に有効である。

11) 内観療法中に生じる過去の事実への気づきが正しい診断に結びつき,かつ同時に治療につながる。すなわち,診断的意味と治療的意味が一体であることが明らかとなる。

12) 内観療法では身近な人々との交流を思い出していくことであり,基本的構え,ゲーム,交流の型などについて気づきが生じてくる。

 

 

W エゴグラムのための質問表と内観3

 

まず,東大式エゴグラム(TEG)の質問内容とそれが求めている回答の方向を内観三問に一当てはめて,交流分析と内観療法による気づきの類似と差異について検討してみた。表2に示すように,エゴグラム,チェックリストの質問の要約を左側に並べた。その質問に肯定的に回答した際の自分の状態が内観3問のどれに該当するか,強く該当すれば◎,やや該当すれば○とした。

 

表2 エゴグラムチェックリストと内観3問の比較と対応の試み

エゴグラムチェックリスト

内  観  3  問

(イ)

(ロ)

(ハ)

してもらったこと

して返したこと

心配,迷惑かけたこと

CP

子どもや部下にきびしい

 

相手の不正や失敗にきびしい

 

NP

思いやりの気持ちが強い

 

人の長所に気づきほめる

 

A

仕事を能率的におこなう

 

数字やデータを使って話をする

 

FC

気分の変化が激しい

 

 

好奇心が強い

 

わがままである

 

 

AC

言いたいことを言えない

 

他人の顔色をうかがってしまう

 

途方にくれることがある

 

 

 

1. 『していただいたこと』の気づき

内観3問の一つ(イ)『していただいたこと』に相応する質問項目がエゴグラムチェックリストにはないことに気づかされる。この(イ)『していただいたこと』は,幼児時代は「お乳を飲ませてくれた」,「おしめをかえてくれた」,「抱いてくれた」,「食事を作ってくれた」,「風呂に入れてくれた」などと母や父の恩や愛情を実感させ,父母との信頼関係を再構築する上で役立つと思われる大切な質問である。内観が少し深まるとたくさん思い出せるテーマでもある。奥村(1984)は「被愛体験の発見」と表現している。

さらに親や遠い先祖,自分の出生前から,さらに生まれてからも,周囲の多くの人に,大自然から,社会から与えられている事実に気づく『おかげさま』の心や『他力のおかげ』の気づきである。そこからくる安心感や『生きている今の自分そのもの尊さがうれしいこと,ありがたいこと』としての謙虚感,自尊感情,多幸感につながる極めて重要なものである。

マズロー(MaslowA.)による欲求発達段階の,@生理的欲求,A安全と安心を求める欲求,B所属と愛される欲求,C自我自尊の欲求があり,これらはすべて他者や大自然や社会から与えられることである。この事実に実感をもって気づくのが集中内観の大切な一部であり,ここからくる安心感をホーナイ(HorneyK.)の「基本的安全感」と表現し,エリクソン(EriksonE.)の「基本的信頼感」と呼んだと思われる。

長い長い先祖から伝わった自己の生命の尊さや,身体内観では手,足,目,鼻,口に,いかに多くのことをして頂いているかに深く気づき,これら体の尊さ……自分の存在の尊さをしみじみと自覚させてくれるのである。

交流分析では,この部分への認識は乏しいようであり,大自然や社会,他者から与えられる深く広い愛や安心感などの気づきに乏しいことが想像される。

 

 

2.『して返したこと』の気づき

内観療法では,自分が相手に対し具体的にどんな態度,行動の事実があったかを調べることで,自分の心の本質に気づかせる方法である。内観療法での回答は,具体的で端的であることが求められる。内観者は『してもらったこと』の多さに比べて,具体的に『して返したこと』の事実の少なさに驚かされることが多い。すなわち,内観者は自分からの他人への親切行為が、少ない事実に驚くのである。

内観療法のこの部に対応するエゴグラムチェックリストの内容は,やや抽象的で曖昧な問いかけである。内観療法で求められるのは自分から他者への具体的な行動の事実を語ることである。

しかも,表2に示したように,自分が『して返したこと』をイメージできる項目はチェックリストに多数見つけることができる。これらはNPAAC3項目に該当しているようである。このことは,エゴグラムでは自分のやさしさや,社会適応性や素直な子どもらしさが,内観法よりも高く評価されやすい傾向や可能性があると考えられる。すなわち,自分の至らなさへの気づきが,交流分析ではより出にくいと思われる。

 

3.『迷惑かけたこと』の気づき

2に示されたようにCPまたはFCの自我状態において迷惑的行動になっている可能性が高い。エゴグラムチェックリストの内容は「気分の変化が激しい」とか「わがままである」という抽象的な気づきからなっている。これに対し内観療法ではいつ,どこで,どんな迷惑をかけたのか,その事実を具体的に厳しく自分を調べることになっている。

内観療法はこのテーマを調べることにより,従来気づいていなかった自分の罪,至らなさ,自分の未熟さ,などについて深く気づくようになる。それと同時に,そんな自分でも,許され生かされている幸せに気づくのである。三木(1972)はこれを健康な罪意識とした。このエゴグラムでのCPFCへの気づきは,内観で求められている気づきよりも抽象的かつ非現実的であると思われる。今後は周囲の人々に迷惑をかけない生き方をしたい,という目標設定,または再決断を促す積極的な意味がある。

 

 

X 交流分析の視点,用語からみた内観効果

 

これら内観3問に従って考え反省することにより,

1) 自己中心性が強く,人に迷惑をかけていて気づかなかった自分を知り,基本的構えと交流様式がI am OKYou are OK.へ正される。

2) 自我状態CPNPAFCACの各々についての気づきが出て,そのときの正しい自我状態から考え発言し行動ができるようになる。

3) エゴグラムを参考にして,受療者や家族の診断を明確に行い内観療法の必要性を吟味し,内観療法後の再検査によりその効果を判断しうる。

4) 脚本分析に関しては,内観導入時点での自分の人生年表作成と通して,さらに子ども時代から現在までの自分を内観し,人生脚本や禁止令に気づくことがある。

5) 内観療法では「してもらったこと」の大きさ,広さに深く気づき,自分の存在が宇宙的規模である安心感を得ることがあるが,交流分析ではこの部分が乏しいと思われる。

6) 内観療法では自分の生々しい事実の回想を通して,自分が自分について未知であった事実,与えられた大いなる愛,迷惑かけた事実の多さ,などに気づき悟りを開く,の感がある。エゴグラムチェックリストからみた交流分析では若干,気づきと表現が抽象的であり,理論や専門用語が優先するきらいがあるかもしれない。

 

 

Y 臨床家の自己洞察,自己分析の必要性

──自己洞察の経過の図式化の試み

 

各種の精神療法,心理療法による気づきと治癒の段階を標準化しうるか否かを論じつつ各学派について図式化を試みた(表1参照)。集中内観に関しては,著者自身の体験をもとに,さらに数多くの症例から学んだ事実,さらに一部は治療目標,理想を含めて試作した。この表には多くの誤りが含まれていることを恐れているが,諸賢からのご叱責,ご指導を頂ければ幸いである。

あえてこの表を試作した理由は,各学派,各心理療法手法が互いに協力し合い,診断,援助,治療が適切に精神科,心療内科,さらに臨床心理場面やカウンセリングにおいて受療者にほどこされる必要を痛感するからである。心理療法や精神療法は,その受療者の個性や生活史,家族状況,心因,疾病などを広汎にわたる事象に正しく多軸診断し,その各々の方面の問題点に対し正しい指導,治療がされ,かつ各治療法を統合的に与えられる必要がある。

さらに臨床心理の教育や臨床心理士の養成に関しても,急激に変化しつつある臨床現場に即した実践的学習と研究,治療的自我の自己分析をも合わせて必要になっていると思われる。さもないと共依存になっていて気づかず,長期間に依存関係を残すこととなる。

良き臨床場面は効果の実証されている複数の心理療法の専門家と,これらの専門領域を広く理解し,協力や実践できるゼネラリスト(医師,看護婦)が必要であろう。

臨床現場で心理臨床や精神医学を職業として働く人にとっては,もちろん著者自身も含めてではあるが,これらの研鑽と同時に治療効果が得られているか否かの厳しい自己分析が求められよう。今日の激変する家庭,社会葛藤から・児童相談所をはじめ病院を訪れる受療者の悩みの原因,質,問題行動も著しく変容してきている。これらに対応すべき臨床家の教育・養成にはより現場に密着し,多角的実践的援助をともなったものになることを祈っている。

 

 

Z おわりに

 

この数年,心療内科や精神科外来を訪れる人々の背景は極めて多様になり,かつ深刻さをましているように思われる。

小学低学年から90歳代の高齢者にいたるまで,不登校にまつわる軽い心因反応から癌告知後のうつ状態,高齢者の各種の脳器質疾患に伴なう精神症状などである。

インフォームドコンセント,カルテの開示,医療職のチームワークなどの重要性,家族会,患者会の活動支援,高齢者を含む在宅支援など臨床現場は大きく変わりつつある。これらの分野の治療者の社会的,道義的責任は一層重いものとなっている。

これらにたずさわる多くの専門家は,予防に関しても深い専門性と,幅広い学識,さらに一例一例に最も適した有効な臨床実践の実力を養成することが緊急の課題であろう。

交流分析の特徴やその優れている視点を内観療法にあてはめ,また比較的検討を試みた。今後,この両者,さらに多くの方法の協力,改善がなされ,実効ある治療法,修養法が開発されていくことを祈っている。

 

文献

 

太田耕平・加藤喜久・久慈孝三:アルコール依存者に対する10段階からなる教育的精神療法(10段階法).アルコール研究124),163-1641977

太田耕平・加賀万仁・加藤喜久ほか:アルコール症に対する交流分析──学習療法の試み.アルコール研究1434),256-2571979

太田耕平:内観療法の奏効機序.14回日本内観学会大会論文集,21-311991

奥村二吉:精神の弁証法的発展としての内観.現代のエスプリ202,瞑想の精神療法──内観療法の理論と実践.44-49,至文堂,1984

河原隆造(編):内観療法の臨床──理論とその応用.新興医学出版社,1998

MessnerE.GrovesJ.E, & SchwartzJ.H.(編),新谷昌宏ほか(訳):治療者はいかに自分自身を分析するか──オートグノーシス.金剛出版,1996

三木善彦:罪悪感.奥村二吉ほか,内観療法81-87,医学書院,1972