アルコール依存者に対する
10段階からなる教育的精神療法(10段階法)





太田耕平、加藤喜久、久慈孝三(札幌太田病院)

アルコール研究12(4):163-164、1977
(第12回日本アルコール医学会総会(1977年、大阪府)にて発表)

 
 昭和49年1月より52年1月までの期間に、我々は約180名のアルコール依存者(以下依存者)の治療にたずさわってきた。当初は、わがままや乱暴に示される性格のゆがみ、家庭環境の不良さ、さらに再発率の高いことなどに驚かされる毎日であった。院内に断酒会やアルコール勉強会を作り、さらに院外の断酒会に参加させながら、個人面接を中心に患者の生育歴と心理を深く理解することにつとめた。これらを通じて以下のことが明らかとなった。
 
1. 依存者の約60%は幼小児期に実父又は実母と死別又は生別しているか、父が依存者であった。
2. 社会生活に不適応な攻撃性の強い外罰型の性格、または小心内政的な内罰型の性格の者が少なくない(第48回精神神経学会北海道地方会で発表)。
3. 自分の性格や家庭的社会的存在のあり方に無とん着で、自己の失敗や他者への害を深く内省しないものが多い。
4. 自分が依存者であることを認めようとしないし、その知識もない。
5. 節酒で十分やれると信じて疑わぬものが多い。
6. 人生の生きる喜びや生きがいを失っているものが多い

 即ち、治療の目標は単に酒を断たせることだけではない。真の治療目的は酒を断った状態で性格の改善を図ること、酒害の知識を持たせること、今までの生き方への深い反省を持たせること、自分の新しい人生目標を持つこと、断酒会の意義を理解し参加することなどでなければいけないことに気付いてきた。

 このような試行錯誤的な治療的接近を通して、性格や人生観に著しい改善を認め、院外の断酒会で活躍し断酒を継続してくれる人がわずかながらではあるが出現してきた。このように断酒に成功していった人達にはかなり共通した心的変化もしくは心的成長の段階があることに気付き、この各段階を逆に治療の目標の段階にしてみることを思いつき、下記の10段階を設定してみた。



アルコール依存者への10段階心理療法 (全26日〜3ヶ月)


第1段階: 準備段階〜7日間

 これは入院し断酒してから次の第2段階に移るまでの期間である。内科的諸検査や合併症、離脱症状に対する内科的治療が主になる。可能な場合は治療者側から治療方針の説明がされ、互いの信頼関係を樹立する時期であり、酒害に関するパンフレットや勉強会の教材を与える。また院内断酒会員に紹介する。離脱症状が強くしかも長く続く場合とか、性格的なゆがみが強く、治療者側に不満をぶつける攻撃性の強い人の場合には、この期間は当然長引いて2〜3週に及ぶこともあり得る。


第2段階: 入院の直接的原因、入院の必要性を理解する段階(1〜7日間)
 離脱症状の軽微な症例では第2週からこの段階に入る。依存者の大多数は入院した時点において入院の正しい理由や原因を知らないことが多い。即ち、「これ以上飲んだら身体をこわすから」とか、「入院の必要もないのに家族が心配して入院させた」という程度の自覚しかなく、その為入院の必要性を自覚せず治療への協力ができないことが多い。ゆえにこの段階では飲酒にまつわる具体的な出来事を挙げて治療や入院の必要性を理解させる。入院理由は、飲酒が身体をだめにしつつあり、さらに家庭や職場や周囲社会でその責任を果せなくなったのみならず、害を与えるに至った点にある。これらを具体的に自覚させる。


第3段階: アルコール依存に関する学習と自分がアルコール依存者であることを自覚する段階(3〜7日間)

 これは前段階で知った自分の入院理由をより広い知識から検討を加え、自分が依存者であることを認め、さらにそれを確認してもらう段階である。このためには個人面談や集団療法さらに断酒会における体験発表を行ない、また入門書の勉強会や講義も行われる。依存に関する正しい知識の獲得と自分がなぜ依存者であるかを知ってもらう。


第4段階: 自己客観視の段階 今までの自分の性格や生き方、さらに他者に対する態度を反省する段階(7〜14日間)
 この段階は現在の自分の姿を正しくありのままに把握してもらうと共に、現在の自分の姿が今までの生活の歴史の中でどのようにして形成されてきたか、という自己形成過程をも客観的に振返ってもらう。さらに、このままの自分であれば将来いかなる姿になっていくであろうか、ということも考えさせる。この段階は10段階の中核をなすものであり、今までの自分の生き方や人間としてのあり方の誤りに気付いてもらい、自己を改善していかねばならないという自覚をつくるための基礎となる。ゆえにこの段階では次の6つの方面から自分をみつめてもらう必要があり、14日程度の日数をかけ、このうち7日間は内観療法にあてることが多い。

イ. 生活史を詳しく振り返る
 物心がついてから現在までの自分の歴史を詳しく調べ、自分の考え方や行動が正しかったかどうか、その因果関係を調べる。幼少児期や学童期その後の家庭環境から自分は何を学び何を身につけたか反省させる。

ロ. 父母の性格や生き方の客観視
 現在の自分が父母のどんな良い面と悪い面を無意識のうちに模倣し取り入れてきているか、また親の欠点を客観視して自分からそれを排除しているかどうかを反省させる。

ハ. 現在の自分の姿をみつめる…自己像が正しいか。
 父として子に対する態度はどうか。良い父か悪い父か。悪いとするとどこが悪いか。父としては何点の点数がつけられるか。夫としてはどうか。妻に対しての自分はどうか。子供としての自分は親に対してどうか。職業人としてはどうか。社会人としてはどうか。依存者の自己に下す評価、即ち自己像の一般的傾向は家族や周囲の人々の本人に対する評価よりも極めて良く評価することがあり、ここでは自己を正しく厳しく評価してもらう。

ニ. 他者に対する態度は…外罰型か内罰型か無罰型か
 依存者の多くは外罰型か内罰型の行動をとりやすく欲求不満場面では好ましい適応行動がとれないことが多い。自分の行動の型を自覚し、無罰型へ変える努力をさせる。

ホ. 心理テストの結果からの反省
 YG、MPI、SCT、P-F Studyは全員について、WAISとRorschach Testは必要な症例に施行しており、特に前4者の結果から自分の性格のゆがみについて話し合う。

ヘ. 酒害と罪の意識
 この第4段階を真面目にやってきた依存者は、自己客観視の結果として、今までの自分の誤りや失敗さらに周囲に与えた迷惑や害の大きさに気付き、罪の意識と自己批判が出てくるはずである。この罪の意識と自己批判が断酒と性格改善のためには絶対必要な心の変化である。なお、この心の変化を促すためには内観療法が極めて有効であり、必要な症例には積極的に行っている。


第5段階: 精神的健康の意味の理解と自己変革の目標設定の段階(3〜7日間)

 前段階までの学習により罪の意識と自己批判が出てくると、このままではいけない…自分を変えていかねばならないという気持ちが生じてくる。ここで自分を好ましい方向に変えていく目標として「精神的健康」を設定する。
精神的健康とは…

 
イ. 規則正しい生活
ロ. 仕事を愛し真剣に働く
ハ. 将来への正しい生きがいをもつ
ニ. 自己客観視ができる
ホ. 自己抑制ができる
へ. 他愛精神
ト. 努力、感謝、謙そんの心をもつ
チ. 大人としての心の成長がなされている

 これらをはっきり覚え具体的に病院内で実践してもらう。


第6段階: 自分の常習的飲酒の原因と意味を理解する段階(3〜7日間)

 これは今までの各段階を要約する段階である。
イ. 酒の飲み方や酒害の恐ろしさを知らなかった
ロ. 自分の性格の欠点や行動の誤りを知らなかった
ハ. 自分の人生をいかに生きるべきか知らなかった
ニ. 飲酒にかりたてる現代の時代的、社会的力に流された

 以上の4点から自分をみつめ直させる。


第7段階: 断酒の意味の理解の段階(3〜7日間)

 酒害から立ち直るには自己変革の努力が必要であり、これを確実に押し進めるには節酒ではだめであり、断酒が必要なことを理解させる。身体依存についての教育や節酒による失敗の体験発表も極めて有効である。


第8段階: 断酒を実現する具体的方法の学習の段階(3〜7日間)

 退院後断酒を継続するために

イ. 断酒会に入り例会に正確に参加する
ロ. 抗酒剤を飲む
ハ. 月に1〜2回通院する

 の3条件を原則として実行する心をやしなう。ここでは抗酒剤についての正しい知識を与え、これに対する拒絶心をなくする。飲みたくなったらジュースを飲むその他の具体的な話合いもする。


第9段階: 断酒会の目的と意義について正しく理解し、実際的に運営に協力する段階(3〜7日間)

 断酒の継続と酒害知識の増進のみならず、他者との触れ合いから人間性や一般常識の向上、さらにレクリエーションの場であることを知ってもらう。当院では断酒会入会が退院するための条件の1つになっている。断酒会への拒絶心をなくする段階である。


第10段階: 感謝と奉仕の精神で家庭、職場、社会に貢献する段階。 性格の改善と新しい人生観の獲得 (退院後)

 病院内での治療は終了し、家庭や社会で新しい自己を永続的に発展させていく段階であり、当然断酒が継続されねばならない。断酒会及び病院との連絡は継続し、とくに当院退院者の会(しらかば会)のなかで相互親睦を深めていく。

 この10段階法は個人面談、集団療法、学習会、輪読会、院外断酒会などを通じて行われ、PSWやPsychologistの協力は不可欠である。一方、家族の学習会を開き妻の人格向上や酒害への知識の普及も行っている。


10段階療法の有効性について:

 本法体系的に試用してからわずか1年半であり、いまだ試行錯誤の段階にありその有効性の判断はできない。しかし、以前に比し下記の点において好ましい影響が出ている。

イ. 依存者の立場からは自分の問題点や改善していくべき方向が分り、治療に対して協力的かつ意欲的になる。
ロ. 依存者の衝動性や自己中心性などの性格の著しい改善が少なからずみられる。
ハ. 病院内での乱暴や酒の持ち込みなどが激減した。
ニ. 退院後、断酒会や退院者の会に入る者が著しく増えた。
ホ. 予後については不十分な資料ではあるが退院後3ヶ月から1年までの追跡可能であった60名についての集計を示す。完全断酒継続者14名(23.3%)、良好適応者(時に飲むが問題を起こさない)16名(26.7%)、不良適応者(しばしば飲み問題を起こす)13名(21.7%)、失敗者(常習的飲酒又は再入院)17例(28.3%)。これは当院の以前の治療成績に比べ2〜3倍の良好な成績と考えられる。またこの予後調査では断酒会に入会した群はそうでない群に比べ3倍以上も断酒継続率が高いことを示した。 
 

 今後さらに工夫や改善を加えながら本法を検討していきたい。

 


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