2.いじめのSOS発見

北海道・いじめ・暴力・虐待問題研究会 会長
内海 由雄

 
  果たして子供の心とは純枠で美しく、汚れなき天使の心なのでしょうか?
「ビッコ、カタワ」呼ばわり、あげくには石ころを投げつけられ、この身に衝撃が走る。無知残酷な少年少女集団に淒惨醜悪なる「いじめ」を受け、私の存在感は小学校低学年の頃より完全に消失されていった。

 現在、私は52歳ですが、生まれて間もなく小児麻痺(ポリオ)に冒され3年半入院隔離、下肢7箇所にメスが入りました。「親の心、子知らず」 淒絶なる「いじめられ体験」を因とするには余りにもおぞましい異常性格化、狂人人生を、私は一時期歩むこととなります。自己憐憫が唯一の己への救い。抑圧された心理は切れて必ずヒステリー粗暴化!「俺はいじめられた。だからこの世の全てに復讐してやる。死なば諸共、親兄弟全人類皆殺しだ!!」 憐憫破壊感情に振り回され、被害意識こうじて、完全に自他への加害人生となりました。事実、殺人までには至らなかったが、検事に「身体障害者用の刑務所を造る訳にはいかない。この辺で改心しないと、今度は間違いなく実刑ですよ」と33歳時、国家権力よりこの身に釘を刺される始末。アルコール依存症者としても入退院3回。
全く絶望、底無しの精神地獄の最中、34歳時「内観」との出会いがありました。我が心の恩師、五十嵐先生(札幌内観道場)のもと、内観、坐禪観行(公案調べ)にて分別知より無分別智への飛躍、?宇宙即自己"の禪的悟り体験を致しました。全存在が我の大自覚、親兄弟、人間は元より大自然、宇宙恩の結晶体である我。宇宙意識はひとつ、「自他不二一如、この世に悪魔無し!」

 私の父は戦前、肺結核に冒され大変な試練を受け、母も又従軍看護婦として血みどろの悲惨な現場をくぐり抜けてきています。そして終戦後、縁あって結婚、長男の私を授かり、喜びの頂点に居た両親が我が子の大病、未来にどのような想いを抱いたか。全く暗黒、地獄の大試練だったと想われます。当時、戦後の混乱期、我が子への莫大な医療費、父は高校教員から収入条件の良い富士鉄職員へ転身、母も小学校養護教員として共働きを余儀なくされました。両親共、相当経済的にも悩み、ストレスを抱えこんだことでありましょう。

 小学校4年生位の時でしたか、私は又例のいじめにあい、初めてその相手に暴力を振るいました。いじめられへのSOSです! しかし、母にきつく叱責を受け、最後に一言「おまえを生まなければ良かった」……。この一言で私の心は、オシ、盲、ツンボになってしまった。「おまえを責めはしないよ。どうして暴力を振るったの?」この一言が欲しかった。が、私は内観することによって、父、母双方の苦悩の姿が見えた時、愛を感知、大反省の涙を流したものです。「父、母、全てにご迷惑をかけ申し訳なかった。こんな私でも許され生かされてきた。ゆえに全てを許します。ビッコ、カタワ、いじめてくれた人々にも今では大感謝です」。

 私は今、子供社会に大いに危惧を抱いています。子供一人ひとりが自由のびのび大らかに過ごせるような社会環境、生活環境造りに大人社会が努力しなければと思います。そのきっかけ造り土台造りの為にも、お父さん、お母さん、そしてお子さん、家族ぐるみの内観をして頂きたいと切に願うものです。親が大らかに成れば、子も大らか、子々孫々大らか、大らかになればなる程、天地宇宙の恩恵、愛を感得できるでしょう。


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