集中内観
を中心にした短期入院治療を受けた不登校生徒22例について

友田龍多・大西祥子・大石東香・上野ミユキ・原田ひろし・大関孝弘・太田耕平

北海道児童青年精神保健学会会誌10;25〜35,1996


はじめに

 1993年4月始めから1995年6月末までの2年3か月間に広義の不登校がみられた22名に集中内観を中心とした短期の入院治療を行った。これらの思春期・青年期事例についてライフタスクの観点から検討し、併せて集中内観の効果について検討したい。

表1 事例現病歴(初診時)
事例性別年齢学年不登校の期間不登校以外の症状
問題行動
備考
120高校中退 高校:2年家庭内暴力
アルコール嗜癖
(境界型人格障害)
218未就学 中学:1年半意欲の減退先天性難聴
318高校中退 中学:1年家庭内暴力 
417高 2 2か月抑うつ・視線恐怖 
517高 2 10日発汗・爪噛み敏感関係妄想疑い
617高 2 10日非行・家出 
716高 2 断続的(6か月)筋ジストロフィ疑い
無気力
 
816高 2 断続的・10日非行今回に先立つ断続的不登校
6か月
916高 1 1か月家庭内暴力(脳梁欠損)
1015高 1 中学卒業をはさみ2か月過食・抑うつ 
1115高 1 6日視線恐怖・頭痛
前歯が涼しい
中1時幻声による(?)
不登校40日
1215中 3 7か月昼夜逆転(精神分裂病)
1314中 3 断続的・10日万引き 
1415中 3 断続的・1か月腹痛・下痢 
1514中 3 9か月頭痛・腹痛 
1614中 3 1年半(保健室10か月)家庭内暴力精神分裂病
1713中 2 1か月腹痛 
1814中 2 1か月非行 
1914中 2 2か月昼夜逆転
給食が食べられない
 
2012中 1 2か月半喘息 
2113中 1 3か月家庭内暴力・家出 
2212中 1 3か月敏感状態・学習障害巨脳症・微細脳損傷


   
表2 家庭的背景
事例性別家庭状況職業  (父/母)同胞その他の特徴
1両親健在 教育職  パート一人っ子母の過干渉
2両親健在 事務職  教育職母の過干渉・父の無関心
3両親健在 教育職  医療職幼少時頻繁な体罰
4両親健在 作業職  作業職父アルコール依存症
5両親健在 作業職  営業職幼少時父酔って暴力
6両親健在 事務職  主 婦兄・兄父は本家の長男
7両親健在 事務職  主 婦 
8両親健在
二世代同居
自営業一人っ子父は夜遊び好き、躾には無関心ったが急に
過干渉になる
9両親健在 管理職  主 婦幼少時病弱、母が「甘やかした」
10両親健在 医療職  主 婦妹・妹祖母・母の過干渉
11両親健在 管理職  主 婦一人っ子 
12両親健在 医療職  主 婦兄・兄食卓状況の問題
(箸を使えない、時間がかかる)
13両親健在 事務職  医療職兄・弟兄が身体障害者
父は怒るだけ 母は考え込む
14両親健在 作業職  医療職妹・弟両親が不仲 母の過干渉・父の無関心
15両親健在 事務職  医療職弟・妹・弟事例20の兄 母妊娠中
16両親健在 作業職  主 婦一人っ子両親高齢になってからの一人っ子、
大事に育てられた
17両親健在 事務職  主 婦一人っ子母が精神分裂病
父は某宗教の熱心な信者
18両親健在 自営業妹・弟 
19母  子  −   管理職兄・兄兄たちは無関心
20両親健在 事務職  医療職兄・妹・弟事例15の弟(兄の不登校が先行) 母妊娠中
21母  子  −   主 婦姉・姉家族秘密がある
22両親健在 事務職  主 婦本人の不登校により他県より転
  
  1. 対象

     初診時の現病歴を表1に示した。

    年齢・学年:
    初診時高校卒業以上の年齢に達していた者が3例。高校生は8名、うち高校2年生が5例、高校1年生が3例であり、高校3年生はいなかった。一方中学生は計11名。うち、中学3年生が5例、中学2年生が3例、中学1年生が3例となっている。

    男女比:
    男性15例、女性7例と、今回は男性が多いが、1992年には男性3例、女性6例であり、性差の有無は不明である。

    不登校の期間:
    初診時高校卒業以上の年齢に達していた事例1〜3の3名は1〜2年の年単位にわたっている。一方事例16は保健室登校期間が10か月あり、それも継続不能になり受診となった。事例7は断続的な不登校が6か月、事例8・13・14は断続的な不登校が出現した後にそれぞれ10日間、1か月間連続した不登校が見られた。

    不登校以外の症状・問題行動:
    すべての事例で不登校以外の症状や問題行動が伴っていた。内訳は家庭内暴力が5例、非行が4例、意欲の減退をはじめとする抑うつ感を伴った者が4例、腹痛や頭痛などの身体症状を呈する者が6例などであり、不安やイライラを外在化、行動化したり身体化していることがわかる。

    随伴症状の重症例:
    事例2に先天性の難聴、事例5に敏感関係妄想の疑い、事例11に3年前の幻聴様症状、事例16に精神分裂病、事例22に巨脳症、学習障害、微細脳損傷が確認されており、入院後に事例1に境界型人格障害が、事例9が脳梁欠損が、事例12に精神分裂病がある事が確認された。
     なお今回の22例ははじめに触れたように、経過中に広義の不登校が見られた者であり、必ずしもいわゆる「登校拒否」事例と一致するものではないことを付記しておく。
     通常の短期入院スケジュールに関しては後に述べるが、精神分裂病(事例12・16)等の、いわゆる病体が重い事例に対しては急性期が過ぎ寛解後期以降に集中内観を導入し、行う際にも工夫を加えたことをここで触れておく。

    家庭的な背景(表2):
    母子家庭が22例中2例、三世代同居家庭が1例、残りの19例は両親健在の核家族である。両親の職業や経済状況は、母子家庭の1例を除き安定している。

    同胞:
    一人っ子が5例。17例に兄弟姉妹があったが、うち第1子が10例、末子が5例である。大西らや小泉によると、第1子に不登校の発生率が高いと言われるが、今回も22例中15例が一人っ子も含めて第1子であることがわかる。−いずれにせよここまで見るように、表面的には問題のない、いわゆる“普通の家庭”で登校拒否が発生していると言える。

    家族力動上のリスクファクター:
    力動的な観点から眺めると、何らかのリスクファクターと予想される事柄を抱える家族が22例中19例あり、その他の特徴の欄に示した。多くは母の過干渉や甘やかし、父の無関心、両親の不仲や同胞葛藤などだが、その他にも幼少時に体罰の名の下に受けた虐待、父のアルコール依存症が見受けられる。つまり、家族が家族として上手く機能していない、機能不全に陥った形跡のある家族状況が示唆されるわけである。そういう家族状況の中に不登校に陥った子どもがおり、子どもが不登校に陥ったために他の家族は一層機能不全をきたして苦悩するという悪循環があると言えよう。


  2. 治療経過と予後

     治療経過と予後について表3に示した。なお予後は1995年7月に調査を行い、複数の人物に事例の退院後の経過と現在の状況について尋ねた。


表3 予 後
事例性別登校状況問題行動備考
1−:専門学校に通うが中退 外科入院中
2+:聾学校入学、通学中 新聞配達のアルバイト
3+:大検予備校通学中  
4−:中退 姉と同居、稼働中
5±:通学中、時折休む 発汗はあるが、自分なりの工夫をしている
6+:通学中  
7+:通学中 疲れやすさは残る
8+:通学中  
9+:予備校通学中 +:無理難題を言う昨年他院入院
10+:通学中  
11 :保健室登校、しばしば休む ±:悲観的行動カウンセリング継続中
12+:転校後卒業  
13+:通信校通学中  
14+:通学中  
15+:通学中  
16+:通学中 同級生の死亡時、動揺したが、自ら立ち直る
17+:通学中  
18−:中学卒業後高校中退家業の見習い
19−:不登校状態 +:自閉的生活給食が食べられなくなり不登校
20+:通学中  
21+:通学中  
22−:不登校状態 +:多動、敏感状態同年代の中にいると不安が強い


高校卒業以上の年齢(事例1〜3の3例):
中学時代に不登校が出現、年単位にわたる長い経過をもつ。家庭内暴力、意欲の減退等のため家族の忍耐も限界に達し受診に至っている。入院、集中内観には比較的スムーズに応じるものの、内観当初は気が散り集中が難しい。しかし中盤以降は項目羅列的ではあるが徐々に集中できるようになった。今回の事例はすべて男性であり、親子内観は父親との男同士の関係形成を主眼にして行った。内観終了後も家族の不安が大きく、なかなか外出・外泊の家族同意を得にくい。また本人にも社会生活に関する不器用さが目立ち、集団療法や作業療法、他患との交流などで、集団生活を送る基本的なルールや生活習慣を見につけ直してもらう期間を設ける必要がある。予後は3例中2例が良好であった。


高校2年生:(事例4〜8の5例):
不登校に至る経過や随伴する症状、問題行動は多彩だが、視線恐怖や原因不明の発汗、筋ジストロフィを疑わせる所見が内科の病院で発見される等、比較的病態が重い印象を受ける。入院時や内観開始時は時に激しい抵抗が見られるが、こちらが落ち着いて対応するとじきに治まり、むしろ積極的に取り組む印象がある。親子内観も親子ともに情動体験を伴うことが多く、事情がない限り約2週間の短期の入院で済む。予後は問題行動に関してはきわめて良好で、5例すべてが消失していた。登校状況は3例が通学中、1例が時折休むものの通学中、1例は退院半年後に中退していたが、アルコール依存症の父と離れ、姉と同居して稼働中であった。


高校1年生(事例9〜11の3例):
3例とも不登校は高校進学の直前ないし直後から始まっている。入院、集中内観開始直後からさまざに揺れ動くか、あるいは借りてきた猫のようにおとなしく淡々と内観をこなしていくかのどちらかだが、揺れ動いた事例の内観後半の集中度は高く、語る内容も豊かな印象がある。予後は、登校状況については1例が保健室登校、他の2例は良好である。ただ問題行動については、1例が退院1年後受診前同様の家庭内暴力により他の病院に入院、1例が受診前よりも落ち着いてはいるものの時に悲観的言動があり、カウンセリングを継続中、1例が良好となっている。


中学生(事例12〜22の11例):
3例に精神分裂病や微細脳損傷という体質的なハンディキャップがあり、うち2例には過去に心的外傷となるいじめを受けた体験を持つ。その他の9例は腹痛や頭痛、万引等を伴っていた。入院、内観開始時については激しい抵抗を示すことは稀で、指導者の穏やかな態度にすぐなじむ。親子内観の際はほとんどのケースで情動を伴った深い親子の交流があった。予後の登校に関しては11例中8例が良好、2例が不登校状態、中学2年の1例が中学卒業後高校を2か月で中退、現在は自営業を営む両親の元で稼動中である。問題行動に関しては11例中9例が良好、2例が不良であり、うち1例は現在入院継続中である。


全体的印象:
なお全体を通し、不登校以外の症状や問題行動により、語られ方やリポートの形式に違いがあると思われる。頭痛や腹痛、下痢といった自罰・内罰的身体症状を伴っている子どもの場合、語る内容やリポートに記載される量も豊富であるのに対し、家庭内暴力や非行、万引きといった他罰・外罰的問題行動を起こす子どもの場合、語られ方もリポートの形式も項目羅列的であることが多い。

  1. 内観療法を中心とした短期入院治療方針

     次に内観療法を中心とした入院治療のスケジュールを述べる(表4)。

    初診時:
    精神科ソーシャルワーカー(PSW)による時間をかけたインテークと各種検査の後、医師の問診となる。そこで内観療法について資料を基にした説明がなされ、親や子どもの十分な理解を得た後、入院、内観導入となる。

    内観中:
    まず内観指導者の自己紹介とオリエンテーションを行い、三木の「内観療法の実際」を聴取してもらい、『母に対する自分、小学校入学前』をもって内観開始となる。その後父、同胞、祖父母、先生、友人などの身近な人物に対する自分を調べ、現在までの養育費の計算を行う。その後場合により母や父など最も本人にとって重要な人物に対する自分を再度調べ、最後には『自分の行動やわがままで周囲や自分自身にかけた心配・迷惑・害』というテーマを調べてもらう。
     この間、6時起床、6時30分内観開始、7時30分から8時まで朝の運動療法に参加、18時30分まで1〜2時間ごとに1回5〜15分程度の面接を1日8〜10回行う。8日目には親子内観を行い、それまで書いたリポートの朗読とボディワークを行い、集中内観終了となる。この方法は基本的に吉本原法に忠実だが、19時から消灯の21時までと最終日の午後をまとめのリポートに当てる点、家族内観を行う点が異なっている。

    内観終了後:
    主要5教科の学習と指導、内観日記による日常内観の継続を開始し、学習指導は9日目から15日目までの病院からの通学の間中、日常内観は仮退院後の自宅からの通学後も続けられる。また病院からの通学は家族に送迎を求めるが、これが接触の乏しかった父や、以前は険悪になりがちだった母との落ち着いた対話の時間になるらしい。なお、入院が丁度定期試験の時期と重なった場合、学校の協力により試験問題を送付してもらい、病院で試験を受けそれを基に指導することが多くなっている。16日目には仮退院、自宅からの登校となるが、1〜3か月間フォローアップを行う。

表4 不登校事例の入院治療方針
1日目   −集中内観−    7日目 8日目 9日目 15日目 16日目
初診
諸検査(CT,
心理検査等)
入院手続き
内観導入
オリエンテーション
テープ「内観療法の
実際」聴取
内観開始
◎母に対する自分
  テーマ
◎母に対する自分
◎父に対する自分
◎同胞に対する自分
◎祖父母に対する自分
◎先生に対する自分
◎友人に対する自分
◎養育費
◎自分の行動・わがまま
 で周囲にかけた迷惑
 ・心配・害
場合により、母親に同室で集中内観を受けていただくことがある。
親子内観
(それまで書いた
リポートの朗読・
ボディワーク)
病院から登校
(1週間)
家族に送迎を
していただく
自宅から登校

仮退院
1〜3ヶ月間1〜2週に1度の通院
・毎日19時以降はその日のまとめのリポートを作成
・最終日の午後は「集中内観で気づいたこと、これからの決意」「家族へのお礼とお詫び」のリポートを作成する
・主要5教科の学習・指導
・内観日記による日常内観の継続


  1. 考察

    1. 不登校という現象−ライフタスクの観点から

    激動の年代
     そもそも中学・高校時代は思春期の変化に富んだ激動の年代と言われている。それはクリアすべき発達課題がめまぐるしく『放っておいてもやってくる』年代でもある。
     子どもが第2次性徴の始まりとほぼ同時に思春期に移行するならば、中学時代は、個体差はあるものの、すべての子どもが思春期に移行している時期といえよう。子どもたちは個々別々に自らの心身の変化に戸惑い悩む。するとこの時代には『自分は他の人と同じである』感覚を心身共に身につけることが情緒の発達課題となるであろう。高校入学は大幅にそれまでの仲間、クラスメイトと離れ、別の集団の中に皆が入っていかねばならない時期、つまり分離不安の処理・克服という課題を生じさせる。続く高校生活は既述の課題を引きずりつつ新たに今度は青年期中期に移行しなければならなくなるわけである。そこでは『自分は他の人と大体同じだが、自分は他の誰とも違う自分らしさも持ったかけがえのない存在である』という自我同一性を身につけ実感していくことが課題となる。

    乗り越えの困難さ−アラームとしての不登校
     この発達課題がめまぐるしくやってくる時期を乗り越えるのは容易なことではない。加えて、表1・2に示したような器質的・体質的・機能的なハンディキャップや家庭の機能不全、この時代の内包している社会的要因がそれを一層困難にしていると言えよう。そう考えていくと、不登校という現象は子どもの『身体−精神−心理−社会−時代』の軋みや悲鳴と考えられる。また一方でこの現象は、このままでは「生きていくために学校の勉強よりも大切な、何か階段みたいなもの」(事例15の言葉)つまり発達課題をクリアできていない感覚、あるいはそこに躓きそうな感覚の表現、アラームでもあるだろう。

    2. 内観という構造−その機能と効果

    治療を行う『場』
     前述の意味が不登校にあるならば、子供たちへの対応構造は、子どものいるその場を中心に行うか別の場を中心に行うかという選択肢が考えられるだろう。そして我々は今回報告した集中内観を中心とした短期入院治療は後者の構造を選択したわけである。
     今回の対象を振り返ると、境界型人格障害・敏感関係妄想・精神分裂病等比較的重い病態で医療の直接の対象となる事例、家庭内暴力や非行といった外在化による行動を起こし周囲に物理的なダメージを与えてしまう事例が多く、7割以上がどちらかに該当する。このような場合には当然後者の選択が視野に入るであろう。

    不登校という『体験』
     既に述べたように不登校現象はアラームという意味を強く持つと思われ、大半の事例において何らかの家庭的なリスクファクターが推測される。しかし当の子どもから見ると、それは親や社会への不信感、不登校ゆえの自責感、絆の喪失感として、あるいはそれらの感覚をうまく言語化できないもどかしさの表現としての身体的不快感として体験されるであろう。 また親は子が不登校であるために自分や他の家族員を責め、機能不全に悩むこととなる。彼らは総じて個々別々に思考の狭窄を生じており、家族は基底的想定集団(Basic Assumption Group ; Bion)8) と化し、family victim として不登校の子どもを第三項排除(今村)9)することも多い。 −つまり、周囲の揺れにより子どもが不登校という揺れを生じ、その子どもの揺れにより家族が大きく揺れ、そのために子が一層揺れるという、互いに揺れを増幅しあう構造があるわけである。

    分離と再会
     ならば、一度短い間その場から離れ、お互いに別の場で改めて自己を振り返ることも方策としてきわめて有効であろう。集中内観を中心に据えた短期入院治療はあらかじめその構造を内包している。さらに集中内観原法自体が「認知の修整や自己中心的な発想の転換、自立神経系の調整といった広範な効果」(太田)10・11)を持つことも指摘しておきたい。 そうした場を設けた上で、集中内観の締めくくりとしてボディワークも含めた家族内観を行い、家族の再同盟を図ることができるよう組み込んでいるわけである。

    早期の登校再会の必要性
     既に述べたように、中学・高校時代はさまざまな発達課題がめまぐるしくやってくる時代である。そこではしばしば年単位、課題の移行期には月単位で彼らの属する集団や雰囲気が変わることも稀ではない。ここで長期にわたる不登校が生じる可能性がある。それは、「自分は他人と同じではない」「自分と同じような他者は少ししかいない」「学校に行けないのが自分らしさである」という非常にネガティブなセルフイメージの形成につながり、その修整に新たな困難をきたすだろう。 つまり不登校を生じさせた何らかの発達課題に加えて、不登校であるがゆえに生じた別の課題が二次的に付け加えられ、どんどん肥大していくということである。−ところが通常、不登校は登校再開までに長い時間が必要とされているのである。
     ここでもう一度今回の予後調査を眺めると、22例中18例が登校を再開しており、残りの4例中2例が中退後稼動中、2例が入院中であった。また問題行動に関しては18例が著効、2例が有効という結果を示している。つまり、集中内観を中心とした短期入院治療を受けまったく無効だった事例は2例のみであった。また治療により悪化した事例はなかった。したがって我々の構造化した関わりでは多くの場合、2週間程度の短期間で登校を再開し、問題行動が消失ないし著しい軽減が見られている点にも注目する必要があるだろうと考える。

    著効しなかった事例の検討とさらなる工夫の必要性
     予後のうち問題行動に関して著効しなかった4例を検討してみると、うち2例は脳梁欠損、学習障害といういずれも器質的なハンディキャップを持った事例であることが分かる。したがってこのような場合には集中内観をはじめとする心理療法に大きな期待をかけることは難しいのかもしれない。
     また1例は家族内観時家族の機能不全が著しく露呈し、その際さまざまな工夫や援助を試みたものの修復不能、退院後の関わりに期待をつないだものの本人・家族とも一度も来院しなかった。予後調査では1ヶ月登校したものの再び不登校と自閉的生活に陥ったとのことであった。つまり、集中内観により本人にある程度の洞察が得られたとしても、復帰した家族や社会の構造が何も変わっていなければ効果の持続は困難なことがうかがわれる。
     このような場合には今回高校卒業以上の年齢だった事例への関わりで述べたように、集団療法・作業療法・他患との交流により集団生活を送る基本的なルールを身につけ直してもらい、さらには家族療法等で家族の機能不全を修正する試みを行う必要があると考える。

    おわりに
     今まで述べてきたように、不登校という現象を示した事例への集中内観を中心とした短期入院治療の有効性が明らかになった。だがここで集中内観だけがすべてであり、それだけを行えば良いと我々は主張するものではない。考察の最後で触れたように、特に器質的障害を有したものの場合をはじめとして効果には限界があるのも事実である。この点を謙虚にふまえ新たな工夫を凝らしていくこと、前後に行う他のさまざまな関わりを考え、より有機的にそれらを組み合わせ統合的に関わる工夫が一層大切と考えられた。

謝辞:

 しばしば集中内観は母の胎内に戻り自己を振り返ることにたとえられますが、内観室を母の子宮とするならば、子宮だけが単独で存在することはありえず、病院という場がその本体、母体であるはずです。看護者やケアワーカーの方々をはじめとする札幌太田病院スタッフの皆様、すべての入院加療中の皆様が母の体となって内観者や内観療法部門を暖かく抱擁してくださるがゆえに、すくすくと育っていけるのだと思います。改めてこの場をかり、札幌太田病院スタッフの皆様、すべての入院加療中の皆様、かつて入院された皆様に感謝いたします。この点を真摯に振り返り言葉とすることは、また、内観という心であるとも思います。
 本稿の一部は第8回北海道内観懇話会(1995年7月8日、札幌)および第11回北海道児童青年期精神保健学会(1995年9月17日、札幌)において発表した。

参考文献
  1. 大西祥子他:1992年に内観療法等を行った不登校高校生9例の予後について。第16回日本内観学会大会論文集、61−64、1993
  2. 小泉英二:登校拒否。学事出版、1988
  3. グラバア俊子:ボディワークのすすめ。創元社、1988
  4. 上野ミユキ:内観療法の試み−看護者としての役割。月刊ナースデータ、14(6)、99−109、1933
  5. 上野ミユキ:内観療法の効果と適応。主任&中堅、3(5)、51−62、1994
  6. エリクソン、E.H.:自我同一性(小此木啓吾訳)誠信書房、1976
  7. エリクソン、E.H.:主体性−青年と危機(岩瀬庸理訳)金沢文庫、1973
  8. 磯田雄二郎:ビオンと集団療法。精神分析研究、35、193−199、1991
  9. 今村仁司:排除の構造−力の一般経済序説。ちくま学芸文庫、1992
  10. 太田耕平:内観療法奏効機序。第14回日本内観学会大会論文集、21−31、1991
  11. 太田耕平:幼児から高齢者までの心の発達 十段階心理療法−自信の回復と幸せな人生のために。医療法人耕仁会札幌太田病院、1995