自分のうちを見よ 家にこそ善の泉があり
この泉は掘り下げさえすれば たえず湧き出るであろう
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| マルクス・アウレーリウス(ローマ皇帝.哲学者121〜180)
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我を知らずして 外を知るということあるべからず
されば 己を知れるものを 知れる人というべし
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| 吉田兼好(歌人 鎌倉時代=1185〜1333=末期)
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人は自分の前を見る 私は自分の内を見る
私は自分だけを相手とし つねに自分を考察し吟味する
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| モンテーニュ(思想家153〜1592)
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| 狐は わが身をとがめないで 罠を責める
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| ブレイク(詩人 1757〜1827)
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君の眼を内に向けたまえ 君の心の中に、
今まで気付かなかった宇宙を見出すだろう。
そこを旅したまえ。そして、その主となれ。
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| ソロー(思想家 1817〜1862)
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| 人がその自我を捨て去るのは、普通考えられているように、父や、
息子や、妻や、友人や、親切でやさしい人達によせる愛の結果ではなくて、ただ自己中心の生き方のむなしさと、自分ひとりの幸福
の不可能とを認識したその結果に他ならない。だから、人は、自己中心の生活を否定した結果、真の愛を認識し、父や息子や妻や
子どもや友達を、はじめて、ほんとうに愛することができるようになるのである。
愛とは、自分よりも−自分の動物的自我よりも、他人をすぐれたものとして認める心である。
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| トルストイ(作家 1828〜1910)
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| 人さんに 堪忍してもらってばかり おりますだいな
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| 足利 源左(紙すき師1842〜1930)
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人生における大事は 自己を発見することであり
そのためには諸君は孤独と沈思を必要とする
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| ナンセン(北極探検家 ノーベル平和賞受賞者1861〜1930)
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わがこぼす白き飯つぶひとつひとつ とりてふくます 母は笑いて
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| 北原 白秋(詩人 1885〜1942)
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何も成し得なかったけれども 己をみつめ 人生を考え
人間そのものを深く見つめた人は 尊敬されるべきである
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| 吉田弦二郎(作家 1886〜1956)
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| 人間が自分自身について無知であるということは、奇妙な性質である。
それは、必要な情報を得るのが難しいとか、情報が不正確だとか少ないとかいうことで起こったのではない。それどころか反対に、
長い年月をかけて人間が蓄積したデータが、あまりにも豊富で乱雑なためである。また、科学が、人間の肉体と意識を研究しようと
努力するあまり、人間をほとんど無数の部分に分けてしまったことにもよる。この知識は大部分利用されていない。実際のところ、およそ
使いものにならないのである。
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| アレキシス・カレル(フランスの生理学者)
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