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治療としての内観


 「寂しくてシンナーや覚せい剤に手を出した。でも、見えない所で母がいろいろと気を配ってくれていたことに気づいた。私のわがままだった。遊ぶだけの生活にはもう戻らない。病気の母には、今まで迷惑をかけた分、夕食を作ったりしてあげたい」

 札幌市内にある札幌太田病院(現在は254床)に入院していた女子高校生は、抑え切れなくなった感情を切々と作文用紙につづった。入院時に「頼んで産んでもらったわけではない」などと言い張っていた彼女を変えたのは、1週間の「内観療法」だった。

 観は、奈良県に住んでいた吉本伊信さん(故人)が約50年前、浄土真宗の一派に伝わる「身調べ」という修行法を参考に、宗教色を除いて開発した自己探求法。身の回りの人に「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」という3問を幼少期から克明に振り返る。現在の誤った思考や行動が生じてしまった原因などを、自ら洞察する。


1週間こもって実施

 在、内観は少年院や刑務所での矯正教育、一般社会人の自己啓発精神科の治療に用いられている。同病院では約20年前、まずアルコール依存症の治療プログラムに導入。その後、薬物依存や拒食・過食症、登校拒否、家庭内暴力など様々な症状へ対象を広げてきた。

 院内の内観療法室は、定員3人。和室の三隅が約半畳ずつ、びょうぶで仕切られており、患者たちはその狭い区画に1週間こもって、朝6時半から夜7時半まで内観に取り組む。指導員が1時間ごとに訪れて、回想した結果を聞き取ってから、次の1時間に思い出すべきテーマを指示する。

 1時間ごとのテーマは、まず「」についての三問から始め、患者の幼少期から青年期、成人後へと時期を区切って、順番に思い出す。それが終ると、次に「」、そして「配偶者」や「友人」へと、テーマを移していく。
 しかし、「重大な葛藤の潜む部分に差しかかると、患者はしばしば、その問題に直面するのを避け、浅い回想で済まそうとします」と、指導員の大関孝弘さん。そんな時は、次のテーマへ進まずになり直しを命じ、洞察を深めさせる。

 こうした作業を通じて、自分が『してもらったこと』の多さと『して返したこと』の少なさに気づき、『多くの恩や愛に恵まれていたのだ』と安心できる。



信頼関係を取り戻す

 物依存症者は『自分は愛情を受けてこなかった』などと、心に壁を作ったり、恨みを抱いたりしていることが多い。薬物に依存し始める以前に問題があって、他の人との信頼関係を築けず、自信もなくなっている。その経緯を、患者自ら納得することで、誤っていた物の見方を修正できる。
 そして、患者の変化を、指導員や家族が受け止めてあげることが、新たな信頼関係につながる。内観終了時には感想文を書き、家族に読ませるが、覚せい剤依存で入院中の男性患者(20代後半)は「生まれて以来、迷惑かけたことを読み上げて謝ったら、こんな犯罪行為は絶対に許してくれないと思っていた母が『もう二度としないでね』と許してくれた。今は、何でも人に打ち明けることができるようになりました」と、涙をにじませた。

 太田院長は「非常に有効な治療法」と語るが、病院にとっては人手を要する治療法でもある。効果を上げるには、担当看護婦や指導員が全員、自ら内観を体験し、熟知しておく必要がある。原則として1週間交代せず、連日早朝から夕方まで患者を見守る。
 「内観を評価する保険点数がないので、請求しても削られがち。医薬品なら簡単に点数がつくのに…」。太田院長は、薬漬けが優遇される医療制度に、苦々しい思いを抱いている。